ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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弥生時代

出雲と津軽を結ぶ「点と線」が示唆する古代日本列島の民族移動と習合、イズモ型都市国家の形成★★★日本の謎の古代史(11)

たいへん面白いツイート(yurinさん)に出会ったので掲載。 おもわずその通り!と膝を打って(イテテ!)ついついリツイート。 ツイッターより 著者の斎藤茂也先生について。 www.saitou-naruya-laboratory.org 一昨年ぐらいだったか、このブログを始める前…

日本の謎の古代史(9)太陽の塔に刻まれた岡本太郎のダヴィンチコード 遮光器土偶 スリット目の意味を考える

前回からの続き。 万博「エキスポ70」、1970年、中学生だった自分は未来都市に夢中になり、何度も足を運んだ。中でも、太陽の塔が大好き。同じ時代を過ごした世代にはそういう人が多い。で、次のような記事を書いた。 www.zero-position.com www.zero-…

日本の謎の古代史(8)母なる神を信仰した東北・北海道 大文化圏 高度な古代文化のこん跡(4)

前回の続き。 縄文から弥生へ移行する時代で、北東北・南北海道エリアが気になる。 おそらく三内丸山(紀元前2000~3000年)の縄文文化を引き継ぎ、紀元前1000年以降も、持続して高度な文化があったと思う。 「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世…

日本の謎の古代史(7)遮光器土偶 シャコちゃん考 高度な古代文化のこん跡(3)

前回の続き。 天理参考館の縄文時代コーナー(常設展示) 参考館の縄文時代・画期 紀元前300年まで *注意;参考館の縄文時代・画期は紀元前300年まで。ここで紹介する展示品は紀元前1000年~同300年の遺跡からの出土品。近年、紀元前1000年を…

日本の謎の古代史(6)津軽平野 亀ヶ岡・十腰内文化 高度な古代文化のこん跡(2)

岩木川 十三湖 前回の続き。 十腰内は「とこしない」 ***** Googleマップをみて、海退期(三千年前~二千年前)の津軽平野を想像してみよう。緑の濃い薄いで見る。 三千年前、海が最も深かった頃よりも4~5メートル海が浅くなり、現在の海岸線一帯(…

日本の謎の古代史(5)北海道・北東北の縄文遺跡群 高度な古代文化のこん跡(1)

(注意)本記事は考古学の時代画期が難しい東北・北海道の内容のため、各地元の表現に沿って記述しています。例)亀ケ岡石器時代遺跡など。考古学の(新旧)画期の定説は本州中央・九州・四国のもので、沖縄、東北・北海道には、それぞれ独自の画期がありま…

日本の謎の古代史 考える時のポイント(4) 地球規模の変化と縄文時代・弥生時代

20000年前、氷河期。最も海が低い時期で海抜は現在より120m低かった(-120m) 20000年前の日本列島。古代大阪。古代淀川 20000年前(石器時代)の古代大阪平野 樺太~北海道~本州~四国~九州は陸続き。瀬戸内海はない。 南方ルートは海路で、北方ルートは…

日本人のルーツ・縄文の謎に迫る二人の研究者と研究成果 考古学が進化する時代

縄文時代から歴史を振り返ることで、自分たちのルーツ、弥生期以降の日本古代の姿が浮かび上がってくる。 縄文時代について目を引く研究成果の発表が続いている。 国立科学博物館の二人の研究者の最新の成果に焦点を当ててみた。 それにしてもお二人ともカム…

日本の謎の古代史 考える時のポイント(3)「神社」と「前方後円墳」の時代

長い休みに入ったので妄想年表を作ってみた。 とはいっても、縄文~弥生~古墳~飛鳥と続く年代区分に逆らうつもりはない。 イワクラや神社がどの時代に造られるようになったのか、時代区分に合わせてみた。 古代史 時代区分 イワクラ 神社 近年、弥生時代の…

日本の謎の古代史 考える時のポイント(2)神話の生まれ方 クニビキ クニウミ

「国生み」「国引き」の神話がある。 国生みは、イザナギとイザナミが天の浮橋にたって、長いホコで海のドロドロをかき混ぜると、固まって最初に淡路島ができて・・・という話(古事記・日本書紀) 国引きは、イズモの王・オミツヌがそれぞれのクニの余って…

日本の謎の古代史 考える時のポイント(1)日本海側から発展、海退と沖積

日本の古代は謎が多い。 特に縄文から弥生へかわる紀元前1000年ごろから、古墳時代が終わり、飛鳥時代を含む紀元後600年ぐらいまでは謎だらけ。 そんな謎の古代史を考える時の私なりのポイントを紹介。 日本海側から発展 司馬遼太郎さんの「菜の花の…

「やちまた」と子孫繁栄 縄文と出雲・弥生 古代信仰

縄文から弥生に変わる(紀元前1000年)ころの道。 都市がないため、整備された道などなく、ほとんど山道。 海が退いた直後の時代で平野は少なく、川岸の段丘、山のふもとや山中の細いハイキングコースのような道しかなかったはずだ。 歩いてゆけば道は二つ・…

三内丸山遺跡(3)縄文と弥生を繋ぐ文化と技術 世界トップクラスの史跡価値(6月4日追記あり)

前回から続き。 三内丸山の巨大な木造建築物(モノ)。 その労力に見合うだけの目的(コト)。 それを造ることを可能にする技術&組織力(ヒト)。 縄文の高い文化水準、人々の日常を想像するだけでワクワクする。 案内パネルに書いてある「集会場や共同作業…

三内丸山遺跡(2)世界と繋がる 縄文のくり舟 日本海大交易圏

前回からの続き。 遺跡広場を歩いた後、さんまるミュージアムの館内を見学。 (HPより)三内丸山遺跡から出土した重要文化財約500点、総数で約1,700点の遺物が展示されています 重要文化財の「大型板状土偶」をはじめ、「ヒスイ製大珠」「クリの大型木柱」な…

三内丸山遺跡(1)世界に類のない狩猟&栽培定住 海進と海退 縄文から弥生へ

昨年11月、三内丸山(さんないまるやま)遺跡をたずねた。 新幹線・新青森駅から車で10分。 青森湾から直線距離で約3キロ離れた沖舘川沿い、標高20メートルの丘の上にある。 (HPより)5900年前(BC3900)~4200年前(BC2200)の縄文時代の集落跡で、日本最…

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