ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください


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第16代仁徳大王(大鷦鷯、おおさざき)

【誉田八幡宮】(巨大)前方後円墳の拝み方・考★★【応神天皇陵古墳 またの名は恵我藻伏崗陵】

誉田八幡宮 神社と前方後円墳の関係を考えるのに、 誉田八幡宮と応神天皇陵古墳(別名;恵我藻伏崗陵、えがのもふしのおかのみささぎ)にお詣りしました。 誉田八幡宮 鳥居の向こうのこんもりした所が応神天皇陵 ご覧の通り、鳥居-本殿は東向き、本殿脇の参…

四天王寺の七ふしぎ(3)シン四天王寺の七不思議【どこ行った?巨大石棺のフタ】

最近は、地元の上町台地の歴史の記事が多くなりました。 緊急事態宣言で、地元回帰したのもありますが、 もともと当ブログを始めた約一年前を一巡目とすると、二巡目の古代妄想に入っているからです。 庶民的な近づきやすさとともに、四天王寺さんには多くの…

【法隆寺 薬師如来坐像】古代の「天皇」の呼び方【ふくよかな微笑の「裏」に隠された飛鳥・斑鳩の謎 】

ここでは奈良時代より前の話をします。 お気づきになっている方もいるかもしれませんが、最近、当ブログでは、大王(おおきみ)という言葉を使うようになりました。 例えば、第16代仁徳天皇というのをやめて、仁徳大王という風に。 しかし、第40代天武天…

【難波の堀江】歴代大王の四宮(基礎知識)と仏教伝来期【古代上町半島・考】

史跡や伝承は負けないぐらい多いのですが、近畿では、奈良や京都に比べて、大阪・難波の古代史は影が薄いですね。 幾たびも戦闘(戦争・空襲)で荒廃し、秀吉公の時代以降、一環して商(あきない)と都市開発を優先してきた歴史ですから 例えば、難波史の古…

【民のかまど】仁徳天皇が国見した方向は? 西か東か【東高津宮で考える】

先日紹介した産湯稲荷神社の西北の方角(徒歩で約5分)に東高津宮(大阪市天王寺区東高津町4−8)が鎮座しています。 東高津宮 もともと、現在の近鉄上本町駅のところに鎮座していたのですが、駅の拡張工事のため、昭和七年(1932年)、真北に約330メー…

【仁徳天皇・民のかまど】3年間ノータックス 1700年前 日本最古の経済政策【奇しくも詔は3月下旬】

仁徳天皇陵(AC) 日本書記 巻第十一 仁徳天皇四年 民のかまど www.zero-position.com *詔(みことのり) 第16代・仁徳天皇(大鷦鷯天皇、おおささぎのすめらみこと、西暦300年代の約90年間在位)は、難波の高津宮(こうづのみや)で善政を行った…

【幸村公の真田丸そば】グサッと悪縁断ちの寺 鎌八幡 円珠庵【かつての仁徳天皇社跡?】

玉造稲荷神社の南、1キロほど下ったあたりに真田山(さなだやま)がある。 その名の通り、真田幸村が、大坂冬の陣で大阪城南側の弱点を補うために構築した『真田丸』跡があるところだ。 真田丸顕彰碑 後ろが大阪明星学園グラウンド その真田丸跡がグラウン…

高津神社(2) おおらかな人柄と恋愛遍歴が偲ばれる数々の仕掛け 主神・仁徳天皇 高津宮 夏祭り 2019

昨日に続き、高津神社(高津宮)の紹介と仁徳天皇について。 高津神社(大阪市中央区高津1丁目) 仁徳天皇(拝殿の肖像画) 夏の高津さんは緑、桜の頃 仁の風は宇宙を吹きわたり徳は乾きをうるおす。合わせて「仁徳」 狛犬。オスとメス 神社の西側に石段があ…

高津神社(1) 高き屋に昇りて見れば煙立つ「民のかまど」は賑ひにけり 主神・仁徳天皇 高津宮 夏祭り 2019

高津神社(大阪市中央区高津1丁目) 高き屋に昇りて見れば煙立つ「民のかまど」は賑ひにけり 高津神社境内・絵馬堂 高津神社 鳥居 石段 古代上町半島に宮を置いた第16代仁徳天皇を主祭神として、祖父の仲哀天皇、祖母の神功皇后、父上の応神天皇が左座、后の…