ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

緒方洪庵

【銅座跡、住友銅吹所跡】江戸期 大坂の銅精錬【大田蜀山人】

はじめに 江戸時代、銅は日本の重要な輸出品。大坂には全国から粗銅が集められ、銅吹所で精錬し、長崎に回送していました。大阪市内には #銅座跡 #銅吹所跡 などが残されています #大田蜀山人 #大海神社 #尾去沢鉱山(秋田県鹿角市) 目次 大坂銅座跡 住友銅…

【新型コロナウィルス】ニュースに出てくる『PCR』にまつわる誤解について書いてみた

古代史をやっていると、現代人と古代人との遺伝的なつながりや、縄文人の遺伝子解析などでバイオテクロジーに関連した話が出てくる。 父系も含めた全遺伝子(核DNA)解析、母系ミトコンドリア解析のこと、そしてその進展を支えているPCR装置と技術について、…

洪庵先生(4)虎狼痢と書いてコロリ 近代公衆衛生の礎になったコレラの治療書【少彦名神社・神農祭】

天保11年の大坂医者番付 開業2年目で洪庵先生の名が前頭に 洪庵先生は、日本の天然痘撲滅の先駆けとなったが、安政5年(1858)に起きたコレラ大流行の際には、当時最新の蘭学知識と情報にもとづき「コレラの治療基準」を書いた本を緊急出版した。 適塾…

洪庵先生(3)ゼネラリスト教育の原点 明治の人材を育成した『メルティングポット』スタイル

緒方洪庵 木像 適塾 玄関 一階 洪庵先生が適塾を開いた1838年(天保9年)から閉鎖される1868年(明治元年)の30年間に、636名(門人帳・姓名録記載)の塾生が適塾で生活した(門人帳に記載のない塾生も多く、実際は3千名程だったという) 適…

洪庵先生(2)私利を捨て種痘(天然痘予防)事業にまい進 広がったもうひとつのたいまつ【除痘館記念資料室】

1796年、イギリスのエドワード・ジェンナーは、牛痘(ぎゅうとう)に一度感染した乳しぼりの女性たちが、天然痘にかからない、かかっても軽症で治癒するという言い伝えから、牛痘ウイルス株(かさぶた)を皮膚に接種する安全性の高い牛痘接種法(いわゆ…

洪庵先生(1)自分の火を弟子たちの一人一人に遷し、輝いたたいまつ【大坂、北船場・適塾】

世のためにつくした人の一生ほど、美しいものはない。ここでは、特に美しい生がいを送った人について語りたい。緒方洪庵のことである。 で、始まる司馬遼太郎さんの『洪庵のたいまつ』。小学5年生の国語教科書(1995年)向けに書かれたものを、一部交え…