伽夜奈留美命神社(かやなるみのみことじんじゃ、フナト川沿い、滝本神社とも云う)の御祭神は下照姫。オオクニヌシの娘。
飛鳥川上坐宇須多伎比賣命神社(あすかのかわかみにいますうすたきひめのみことじんじゃ、飛鳥川沿い)の御祭神はおたき様・多岐津姫。オオクニヌシの后。
つまり、二つの神社で母と娘を祀っている。
伽夜奈留美命神社は明治期創建だが、栢森(かやのもり)では、元の社はふるくから滝本神社と云われていた。二神社には「タキ」が共通しており、その謂れを富岡鉄斎(石上神宮宮司時代)が考察し建立したと推理している。
なお、滝本神社の他に「葛神(くずのかみ)さん」とも云われ、もっと上流にあったという伝承もある。
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飛鳥時代、斉明天皇が大規模な土木工事を行い、数々の謎の遺跡を残したことは以前紹介した。
斉明天皇は二度天皇に就いている。おそらくその理由のひとつが、皇極天皇の時の「雨乞いの祈祷力」だったと思う。(前回記事末、日本書紀で伝えられる話)
斉明女帝が霊力を顕した雨乞いの祈祷がどこで行われたか?はわからない。
二つの神社には「滝」はない。
飛鳥川の源流、フナト川(細谷川)に「女淵(めぶち)」「男淵(おぶち)」と呼ばれる「滝」がある。
地元にも祈祷の場所について伝承等は残っていないが、フナト川は古来より飛鳥京・天皇家の飲用水を供してきた川「聖なる川」であり、いずれかだろうと思う。
今回は下流にある「女渕」を訪ねた。(男淵は女淵の上流2.5キロ。高さ9m×幅2m。近づくのが危険で写真撮影が難しいと聞き装備もないので今回訪問せず。龍神(男神)が住むと云われている)
栢森(かやのもり)の女渕(めぶち) 龍神(女神)のいる場所
栢森の集落を抜けて500メートルほど道を上がってゆく。
道沿いに「女渕」の標識が立っている。(車で行く場合、この標識の200メートル先の林道で道幅が広くなっていて転回できるところがある。駐車はそこがよい)
女渕と書かれた標識。矢印の方向、森の中の道を降りて行く。
女渕に降りてゆく道は整備されているが、ところどころ滑りやすく注意すること(二人以上が安全)
河原におりたところ。女渕と思われる滝(高さ4~5メートル)。コンクリートで固められている。
コンクリートで固められた滝があった。これがおそらく女渕だろう。
川上・川下100メートルほど歩いて他に滝を探してみた。これより高さのある滝はなかったが小さな滝は多数。
日本書紀に書かれた「水と雨の神様が坐(いま)すところ」
女渕あたりの川沿いには写真のような平地がいくつか。昔は祠があったのかも知れない。
龍が川を遡上するように見える。滝壺が顔、渕が胴体。ニギハヤミコハクヌシ(´▽`)
雨乞いの踊り(南無天踊り、なもでおどり)
大字の栢森と稲渕には、雨乞いや雨が降った時の歓喜の踊りとして南無天踊りが伝わっている。
日本書記・皇極天皇の雨乞いが起源だと伝えられているが、いつ頃どのようにして村人に伝えられたかは不明。
一時、途絶えていたそうが、明日香村文化協会により復元され、今は「飛鳥南無天踊り」として伝承芸能保存会に継承されている。
ユーチューブで「南無天踊り」検索で見ることができる(約26分)
女渕への行き方(車で行く場合。バスは栢森下車)
snow36(id:snow36)さんから、女渕への行き方を問い合わせいただきましたので、書いておきます。
車では、女渕まで直接行くことができます。いくつか注意点を書いておきます。参考にしてください。
・明日香村・石舞台古墳から栢森まで、県道15号(桜井明日香吉野線)で15分ぐらい
(稲渕に男綱、栢森の手前に女綱が飛鳥川にかかっています)
・栢森集落内は一車線。地域の安全のためにも必ず徐行で。集落を抜けて突き当りを左に
・山の方に進むと、道が分かれるところがあり、左の林道(山の方)に入る
・数百メートル進むと「女渕」の標識(標識のそばに駐車すると先の林道に入ってゆく車のジャマになります)
・標識から二百メートル先に林道の広くなったところがあり、そこに駐車できます(転回もできる)
・徒歩で標識まで戻り、指さす方、川の方に降りて行く
・小道は整備されているが、日ごろから通行がほとんどないため、ところどころ破損したり滑りやすいので要注意
(滑りにくい素材の靴で。雨が降った後は特に注意が必要かと思います)
・階段を降りてゆくとフナト川沿い(写真のとおり)
・階段地点から川下は、川沿いを歩きやすい(小さな滝や渕がいくつかあります)
・階段地点より川上は、歩きにくいので足元に注意(特に岩肌は滑りやすいので慎重に)
・駐車したあたりでも川に近づけますが道はありません
・伽夜奈留美命神社に行く場合、車だと集落内に駐車場所はありませんので、面倒ですが、集落の入り口に駐車してから