ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください


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河内にやってきた糸魚川の玉作集団・難波玉作部の居住地跡 玉造稲荷神社★★★国石 ヒスイの古代史(翡翠)(11)物部さん考(17)

古代妄想レベル:★★★=MAX ★★=MEDIUM ★=MIN or A LITTLE

前回記事

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年末年始で間が空いてしまったが、ヒスイの古代史の続き。

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物部氏の独占

物部氏は、今でいう通貨価値としても通用するヒスイと鉄を独占し、

前方後円墳の造営と水田開発(=国土開発)利権も独占する

「独り勝ち」の状態(西暦400~500年代がピーク)

これに対し、ヤマト王権と諸豪族が連帯し、丁未の乱(587年)が起きたと考えている。

丁未の乱は、崇仏派の聖徳太子軍と排仏派の物部氏の「宗教戦争」というのが通説だが、

ひとり繁栄し過ぎた物部氏を徹底して滅ぼすための過酷な「経済戦争」だったと考えると、

● 河内(大阪)に難波玉作部がいて、

● 一方、糸魚川新潟県)のヒスイ加工集団が忽然と消えた理由も、ワンストーリーで説明できる。

物部氏は、大阪城から森之宮・玉造、八尾あたりの各本拠そばに「金の成る木」のヒスイ加工集団を移住させたと考えるとスムース。

輸出港の「住吉津」(住吉大社あたり)も近い。

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難波玉作部の居住地跡 玉造稲荷神社の御神紋は勾玉

● 大阪市中央区玉造2-3-8

● 御祭神

主祭神宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおみかみ)

相殿神)下照姫命(したてるひめのみこと)、稚日女命(わかひるめのみこと)、月読命つきよみのみこと)、軻偶突智(かぐつちのみこと)

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玉造稲荷神社 御神紋

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玉造稲荷神社

次回、玉造稲荷神社について、ご由緒などもう少し詳しく