ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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四天王寺の七ふしぎ(3)シン四天王寺の七不思議【どこ行った?巨大石棺のフタ】

最近は、地元の上町台地の歴史の記事が多くなりました。

緊急事態宣言で、地元回帰したのもありますが、

もともと当ブログを始めた約一年前を一巡目とすると、二巡目の古代妄想に入っているからです。

庶民的な近づきやすさとともに、四天王寺さんには多くの謎が残されており、それらが私を惹き付ける魅力です。

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四天王寺 五重塔(2012年11月撮影)

開物発事版、シン(新)四天王寺の七不思議のページを作ってみました。

あちこちにリンクを張るとややこしいので、各テーマのリンクページは考察(古代妄想)最新版オンリーにしました。その流れで、記事内リンク先、各記事のタイトル下のカテゴリーをクリック、または、PC版なら右サイド、スマホ版なら記事下のテーマバナーをクリックして、興味のありそうな記事を探してください。

なお、当ブログの読み方を、あらためて紹介しておきます。★マークの数は私の古代妄想の程度を表しています。

古代妄想レベル:★★★=MAX ★★=MEDIUM ★=MIN or A LITTLE

(一)金堂鳥居と物部守屋祠 (二)古墳時代の巨大石棺のフタ

残念ながら、昨年秋以降、石棺のフタはどこかに運ばれて、今は見ることができません。

今はどこに保管されているのか、寺に聞いておきたいと思っていますが、どなたか知っている人がいたら教えてください(聞こうと思っているうちに、緊急事態宣言で閉堂になりました)

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今は、石棺のフタを実測できませんが、国土地理院地図で、おおよそ測定すると、長径3メートル弱、短径1メートル程度の巨大さ。

縄掛(なわかけ)という突起が周囲に8本ある(あった)のがわかりますね。

縄掛の数と大きさから、実はこの石棺のフタは、大王(おおきみ)クラスのものとしか考えられません。

(右隣の似たような形のものは、石鳥居の破片。これは今もこの近辺にありますので、ここから石棺フタの大きさを推定することができます)

日本最大級 の大きさと考えられますが、なぜ、考古学がこれを調べないのか、むしろ不思議です。

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四天王寺 宝物館前にあった巨大石棺のフタ(グーグルマップ。この画像は今でも見ることができます)

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四天王寺 宝物館前にあった石棺の蓋 蛙石とも呼ばれていました

個人的にこれ(↓)との関係を(激しく)疑っています。

サイズがほとんど同じです(たぶん)

模型は、明治期の発掘記録に書かれた寸法に基づき、再現されています

宮内庁管理で、石棺のある石室には、明治以来、誰も入っていません。進駐軍が入ったとの噂はありますが、真偽のほどはわかりません。)

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仁徳天皇陵 石棺の推定復元模型(堺市博物館)長径2.4メートル

(三)中心伽藍の傾き★

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(四)四天王寺七宮★

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(五)地下水脈のヒミツ

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(六)元四天王寺から移転した謎(秋までにアップ予定)リンク先は先行記事

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(七)現在考え中。いろいろありますが厳選が難しい。笑。

とりあえず、四天王寺七ふしぎの最新記事をリンクしておきます

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