ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

【橘寺】聖徳太子作? 誕生伝承地に残る愛馬・黒の駒のレリーフ【仏頭山】

まとめ

聖徳太子(#厩戸皇子 #上宮太子)の誕生地と伝承される #橘寺。「仏頭山 上宮皇院 菩提寺」と称されます。山号の #仏頭山 。麓に #黒の駒 のお地蔵さま。足元に彫られた太子の愛馬・黒駒の姿がみえるでしょうか

目次

本文

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仏頭山と橘寺

橘寺(明日香村橘)

橘寺(たちばなでら)は聖徳太子厩戸皇子上宮太子)の誕生地と伝承されています。

天台宗の寺院で、正式には「仏頭山 上宮皇院 菩提寺」と称されます。

(先日紹介した上宮寺(じょうぐうじ、明日香村上居)は「仏生山 上宮皇院 上宮寺」。

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文字通り、お釈迦様の頭のような形をしていて、橘寺の山号です。

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仏頭山の麓から橘寺

黒の駒(くろのこま)

橘寺の裏手、仏頭山に登るところに、地元の人たちから「黒の駒」と呼ばれるお地蔵さんの祠(ほこら)があります。

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黒の駒のお地蔵さま(仏頭山の登山道入り口)

幼い太子が馬の姿を彫ったと伝えられています。お地蔵さんのスソに小さな馬のレリーフがみえます。

足が長くなくて、ポニー(仔馬)のような可愛らしい姿ですね。

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黒の駒のレリーフ

黒の駒について、明日香村の大字に伝わるはなし、より)推古天皇の頃、甲斐の国(山梨県)から黒駒(黒色の馬)が献上されました。この馬は身体が黒く四本の足のみが白いという特色の馬でした。他の馬と比べても大きくより速く走る馬でした。地上を走ると馬と呼び、空と飛ぶと駒といいました。聖徳太子はこの馬を愛馬として大切にして、飛鳥と斑鳩をこの黒駒に乗って通われました。太子はこの馬を後世に永く伝えるために残されたのが仏頭山山麓の黒の駒の石であると言われている。仏像と一緒に彫られていて、災難や厄除けのお守りとされている

祠の横の石碑)古(いにしえ)みやこのたちばな寺の 今にのこりし くろのこま

仏頭山

仏頭山に登りました。登山道や頂上に石仏がありました(20分ほどで頂上)

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仏頭山 石仏

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仏頭山 石仏

頂上には基壇がありましたが、何に使われていたのかは不明です。

橘の字あたりでは、庵主(あんじゅ)さんが亡くなる時に、鐘を叩いて即身仏になったとい言い伝えがあるようです。

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仏頭山 頂上

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仏頭山登山道と頂上の石仏

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橘寺・過去記事

橘寺境内

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二面石

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