ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【明日香村 天神社】古代の神撰農園?御園(みその)の氏神さん【御祭神 高皇産霊神】

はじめに

近鉄 #飛鳥駅 から観光コースを離れ南の檜前(ひのくま)やキトラ古墳の方へ行く途中、お屋敷が並ぶ #旧御園街道。約10分で大字御園の #天神社。御祭神 #高皇産霊神 投稿後すぐに謎判明 #庚申堂 の吊し柿みたいのは #猿。なるほど!それにしてもアート

目次

本文

旧御園(みその)街道

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旧御園街道

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旧御園街道

天神社

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天神社(明日香村御園)

大字の氏神さんの天神社。創建時期は不明(記事末に、境内に張られていた御由緒の説明文)

御園は古くから人が住みやすいところで、弥生遺跡(チシアイ、アリイなど)があり、それに伴っての社ですから、相当に古い神社と思われます。

明治期に菅原道真公を合祀しましたが、もともとの御祭神は、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)とのこと。

御園という地名は「神様に供えるための農産物(神撰、しんせん)を生産する荘園」であったことに由来するとのこと(境内説明文より)

古代、野菜や果物を作る所を「御園」と称するそうです(明日香村の大字に伝わるはなし、より)

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天神社(明日香村御園)

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天神社 境内

隣接する大字栗原に鍋倉という名の奥宮があったという伝承の通り、数年前に栗原の住民が草刈りをしていると、鍋倉神社という字が彫られた石灯篭のあしが転がっていたそうです(明日香村の大字に伝わるはなし)

ナベクラとは古い時代、祭壇だった岩という意味もあるとのこと。

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天神社 拝殿

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天神社 本殿

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天神社 境内

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天神社 境内

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天神社から 明日香村

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天神社 鳥居

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投稿後、追記

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天神社境内庚申堂

梅の花にまして境内を彩っていたのが庚申堂に吊るし柿のように下げられた祭具(というんでしょうか。)

聞く人もおらず、名は分かりませんが、その形から、子宝、子孫繁栄を祈願するものと考えました。

と書いていたら、早速、ほんわか神社生活さん(id:a-wi)が教えて下さいました。

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あっ!そうか!庚申さんは猿ですよね。ありがとうございます。m(__)m

さらにさらに。ありがとうございます。くくり猿。さるぼぼ。そして、おばあちゃん、ですか!

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天神社境内庚申堂

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【参考】天神社の御由緒について

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天神社 御由緒

説明文)御祭神「高皇産霊神(たかみむすびのかみ)」(冒頭省略)明治維新後、学問の神様「菅原道真」も合祀された形跡もあり勉強がうまくゆくようにもお願いしてください。しかし、当社天神社の祭神は「天神」あくまでも「天の神」であり、いわゆる「天津神(あまつかみ)」、その中でも「別天神(ことあまつかみ)」である「造化三神(ぞうかさんじん)」の一つ柱として「天之御中主神(あめのみなかぬし)」のつぎに、この宇宙に現れた神様「高皇産霊神」が祭られています。この神様「高皇産霊神」は古事記日本書紀の中でたびたび皇祖神の活躍をかげで支えた神様です。神話で有名な「天孫降臨」「国譲り」「神武東征」では政治的手腕をおおいに発揮し、みごとに難題を解決しました。またあその古代において、農業生産力アップのために鉄などをりようした農機具を開発するなど、その貢献度には目をみはるばかりです。(以下省略)

アラハバキ解 第31章(新章) 稲荷信仰の発展

キーワード;高野聖、三狐神、ミケツ神、織田信長

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