ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【野口神社】赤い口をあけた大蛇が見つめる境内【御所市蛇穴】

はじめに

御所市 #蛇穴『サラギ』と読みます。地名の由来になったのが #野口神社 #蛇塚。毎年五月五日の #汁掛祭 では #ワラ蛇(14m) が作られ一軒一軒ひき廻り家々の邪気払い・病除を祈願します。#役行者 #茨田の長者 #竜蛇信仰 #ミシャグジ

目次

本文

野口神社

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野口神社・鳥居から葛城の大鳥(金剛・葛城山系)の方

(34.45586024755159, 135.73444688846652)奈良県御所市蛇穴540【徒歩】近鉄御所駅から約20分。近くに駐車場あり。お手洗いは祭事の時に開放

御祭神:神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレヒコノミコト)、彦八井命(ヒコヤイノミコト)

カムヤマトイワレヒコノミコト(神日本磐余彦天皇日本書紀)は初代・神武天皇のこと。

彦八井命は神武天皇の皇子兄弟の兄(神八井耳命)のことで、第二代・綏靖天皇(カムヌナカワミミ)に皇位を譲った人物として知れらます。

御所市HPより)蛇穴(さらぎ)村には古くから竜神信仰があり、神社の南西に年中絶えることのない湧水が下流の村の灌漑用水として大切に活用されてきました。当社はこの湧水の守り神として奉斎されたと伝えられています

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野口神社 拝殿

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野口神社 御本殿

「汁掛祭」「蛇綱曳き」神事、ワラの大蛇

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野口神社 蛇塚の井戸に巻かれたワラの蛇網

案内板)汁掛祭。五月五日には汁掛祭・蛇綱引きが行われる。当日は三斗三升三号の味噌でワカメ汁を作り、参詣者に汁をかけ厄除を作法とする。五月四日の午前から藁で蛇の頭を組み、五日に早朝から蛇の胴を作りあげる。体長十四メートルにもなる。汁掛が終わると御神体を先頭に善男善女が村中の一軒一軒、蛇網をひき廻り家々の邪気払い、病除を祈願してゆく。こうして巡行が終わると神社の蛇塚に蛇網をトグロに巻き納め、行事が終了し、御神体を次番の頭屋(とうや)におくられ、祭が終わる

社記によると、彦八井命の後胤・茨田の長者が河内の国よりこの地に住んでいた。 そこに一人の娘がいた。その頃、茅原郷から葛城山に修行に日参する役の行者小角 という人がいたが、修業の往復に村の街道筋を通るのが常であった。

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野口神社 蛇塚の井戸に巻かれたワラの蛇網(後ろ)

いつしかその娘の恋の的になったが、行者は、修業一途で応じることがなく、女の一念から悪息を吐きながら行者を呑み込もうと村の森の中にある「穴」にかくれた。五月五日の田植え時で、村人が野良へ弁当をもって通りかかると、大蛇が火を吹いていた。

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野口神社 蛇塚の井戸に巻かれたワラの蛇網(ヨコ)

驚いて持っていた味噌汁を大蛇にぶっかけて逃げ帰った。村人がきて見ると、大蛇が井戸の中に入ったので、巨石で口をふさいだ。その後、娘の供養にと汁掛祭と蛇綱ひきが行われている。

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野口神社 蛇塚の井戸に巻かれたワラの蛇網

若い役行者がモテた話ですね。( ´艸`)

個人的には、この話の中で登場する『彦八井命の後胤・茨田の長者が河内の国よりこの地に住んでいた。』が気になります。

当ブログで、河内の茨田の堤(まんだのつつみ)のことを書いていて、築造に関わった『茨田の皇子』の情報がなく、その後行き詰まっていましたが、もしかしたら、これはひとつの手掛かりになるかも知れません。

蛇穴の西、葛城山麓に沿って南北に流れる葛城川に、古い堤があったのかもと妄想しています。

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野口神社 案内板

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