ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【大和葛城山・鴨族の信仰】櫛羅(クジラ)の広大な祭祀空間

はじめに

葛城の古代史を調べる中で、#八咫烏神社(宇陀市)の栗野宮司さんが書かれた『#地元古老から聞いた葛城山の話』が大変参考になります。記事の紹介かたがた #葛城天神社 #猿目 #鴨山口神社 #鴨都波神社 の位置関係がわかる地図をつくりました

目次

本文

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葛城天神社-猿目-鴨山口神社-鴨都波神社

当ブログで葛城の古代史を追いかける中で、たいへん面白い記事を見つけました。

八咫烏神社(宇陀市)の栗野宮司さんが書かれたものですが、櫛羅に伝わる「天神構」の古老から聞いたお話(言い伝え)が紹介されています。

よかったらご一読ください。

(記事に登場する各神社(とサルタヒコ降臨地と伝承される猿目)の位置を知っておくと頭に入りやすいかと思います)

locallifejournal.jp

葛城古老による伝承

【抜粋(重要ポイント・コピペ)】

● (葛城天神社)鴨氏の祖であると伝わる賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)」の神跡ともいわれ、現在の葛城山の旧名称のひとつ「鴨山」の由縁にもなっている・・・農耕に使用する水の確保が大変だった山麓の村人たちが、古くから雨乞いの宮として篤く信仰してきたと伝えられている

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御所市櫛羅

● 古老の話:御所(ごせ、御所市のこと)の神さん(鴨都波神社)はもともと櫛羅(くじら)にいてはってんけども、水害で流れた。それで流れたところで神託しはったんが今の鴨都波神社だと昔語りに聞いたことがあります。また、鴨山口神社も、もとは葛城山にいてはったんが雨で流れて今の場所に移ったという人もあります。いずれにしても、この辺り一帯は鴨族がいてはったということは確かです

● 櫛羅地域には「鴨山口神社は山の神を下に降ろしたものだ」とする言い伝えがあるのだという。また、「鴨山口神社」においても、少なくとも大正時代までの記録によれば「賀茂下り」といわれる神事が行われていたとされている。この行事について詳しく知る人は残念ながらもういない。しかし、「賀茂下りとは櫛羅の水が満ちたら水を御所にまわすことだ」という伝承は今も生き続けている。いずれにせよ、「鴨都波神社」も「鴨山口神社」も、葛城山に対する信仰を背景にもった神社である

● 古老の話:昔の天神社の社殿は茅葺(かやぶき)の立派なもんやったんですけど、それがいつの頃か御神体が盗まれまして、それでしばらく野ざらしになっていました(昭和40年代に鴨山口神社から遷座・再興)

当ブログ・関連記事

【葛城天神社】 ※昨日の記事

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【鴨山口神社と猿目】 ※2回目にわけて紹介しました。2回目に猿目(サルメ)

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【鴨都波神社(下鴨社)】

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八咫烏神社(宇陀市)】 ※一昨年の記事

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