ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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住吉大社と太陽の道で繋がる【天照大神高座神社②】神社の栞より

はじめに

大阪平野(摂津・河内)から見て #生駒山系 は日出ずるところ。#天照大神高座神社 の栞には例えば #住吉大社 と同緯度、つまり #太陽の道 で繋がっていることが書かれていました

目次

本文

天照大神高座神社の方位と太陽の道(当社栞より)

天照大神高座神社の参拝の栞

天照大神高座神社の参拝の栞に、たいへん興味深いことが書かれていました。

高安山天照大神高座神社と太陽の道)当社は太陽の道が交差する高安山に鎮座されています。摂津一ノ宮の 坐摩神社 からみる冬至の日の出は天照大神高座神社の磐座(いわくら)から生まれて高安山山頂から昇ると考えられてました。『日本書紀』には「等乃伎神社の大木に夕日が当たるとその影は高安山を越えた」とあります。大阪府高石市に鎮座する 等乃伎神社 からは夏至の日の出が高安山山頂から昇ります。当社は住吉大社と同じ北緯34度36分45秒に位置します。この東西線上には明石海峡住吉大社天照大神高座神社、信貴山法隆寺が一直線に並ぶ のです。住吉大社からは春分の日秋分の日の日の出が当社の磐座から生まれて上るのです。当社は古代から人々が信仰してきたパワースポットでありました。

なお、ここでいう坐摩神社の位置は、現在の大阪市中央区石町、今は行宮(あんぐう)となっている旧鎮座地のことです。

天照大神高座神社の参拝の栞より

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ちなみに、栞に示されている古代大阪平野弥生時代

大阪平野の成立(縄文中期~現在)

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天照大神高座神社 東向きの拝殿と北西を向く御本殿

たしかに、天照大神高座神社の拝殿は西、崖の上(写真上にチラリ)の御本殿は北西を向いています(栞が説明するように30度の傾き方向であれば、御本殿は、ここから見て、夏至の日の入の大阪平野、つまり(坐摩神社が鎮座する)古代上町半島の方向を向いていることになります)

天照大神高座神社

崖上の御本殿近くは禁足地のため、確認できませんが、御本殿には女陰形の岩窟(イワクラ?、御神体)が鎮座していると。

また、平安時代に成立した隣接する岩戸神社の御神体の弁財天像は、その岩窟に鎮座していたとも聞きます。

ゆえに「岩窟弁財天」と称されたと伝わります。

天の岩戸神話の光景でしょうか。現代の私たちが持つ神話のイメージと少し違いますが、もしかしたら、その原点であるようにも思えます。

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