ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

【亀の瀬龍王社】地を這い、暴れる巨大龍の頭か?シッポか?【役の行者と葛城修験】

朱い大鳥居が目印の #亀の瀬龍王社。ここは #役の行者 が開いた #葛城修験 28番目、最後の経塚(巡礼地)。#亀の瀬 は古来より #地すべり 地域。修験の和泉山脈のほぼ直下を #中央構造線 が通ります

目次

本文

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亀の瀬大鳥居

亀の瀬の亀岩あたりから東の方を見ると、亀の瀬龍王社の朱い大鳥居が見えます。。

亀の瀬の亀岩と亀の瀬龍王社の朱い大鳥居

扁額に「阿字門」と書かれています。

「阿」は、始まりと終わりをあらわす阿吽(あうん)の、はじまりの「阿」。

亀の瀬大鳥居。扁額に「阿字門」

亀の瀬龍王社は役の行者(えんのぎょうじゃ、役小角)がひらいた 葛城修験 28ヶ所の経塚(巡礼地)の28番目、最後の経塚になりますが、

その順番(順峯は一番経塚から入る、逆峯は二十八番経塚から入る)とは関係なく(順逆不ニ)、「ここは修験道の入口」であると知らせているのだそうです。

亀の瀬大鳥居の由緒

亀岩は葛城修験の最終地の磐座?御神体?として、古来、明神山とともに神聖視されてきたようですね。

葛城修験28ヶ所の経塚(巡礼地)と亀の瀬・明神山。紀ノ川町HPの図に加筆

亀の瀬龍王

経塚とは、役の行者が法華経を埋納した所とされていますが、28番目の経塚は、ここ亀の瀬龍王社説と、ここから大和川を挟んで南側の明神山説の二つがあります。

亀の瀬龍王社の明神山遥拝所

明神山(龍田古道から)

亀の瀬龍王

役の行者は神変大菩薩とも呼ばれています。

亀の瀬龍王社。向かって右に役行者が刻まれた碑

亀の瀬龍王

カッコいい御朱印です。

大暴れする巨大龍の頭か?シッポか?

役の行者がひらいた葛城修験は、自身の出身地である現在の御所市(大和國葛城上郡茅原(ちはら)郷)を含む和泉山脈〜葛城・金剛山系に経塚が連なりますが、

地図で上空から俯瞰すると 大地を這う巨大龍(巨大ツチノコ😀) に見えますね。

葛城修験の経塚(巡礼地)が連なる和泉山脈〜葛城・金剛山

大阪と和歌山の県境の和泉山脈は、ほぼ直下を 中央構造線 が通っています。

そして亀の瀬は有史以前からの地すべり地帯。

大暴れする巨大龍…

(なお、中央構造線和泉山脈のラインの東、吉野〜伊勢の方向に伸びています。葛城・金剛山系は中央構造線ではありません)

中央構造線大鹿村中央構造線博物館HPより

さて亀の瀬は巨大龍のシッポでしょうか?

それとも頭でしょうか?明神山を眺めていると頭のようにも思えます。

いずれにしても、亀の瀬の亀岩は、巨大龍を抑え込む要石(かなめいし)だった可能性が高いですね。

ん!「かなめいし」と「かめいし」

…古代妄想が膨らみっ放し😅

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