平安時代の #古今和歌集 の仮名序(紀貫之)に #和歌(やまとうた)は #下照姫 に始まると紹介されています。前回紹介した大和葛木の #棚機神社(たなばたじんじゃ) と後背の #岩橋山 の景色を眺めていて、ここがその地かも知れないと古代妄想 #古事記 #織姫(弟棚機、おとたなばた)
目次
本文
古今集仮名序「和歌のはじまり」
古今集仮名序は、古今和歌集*1の序文のことで、撰者の紀貫之(きのつらゆき)が書きました。
その「和歌(やまとうた)のはじまり」の章に、
『和歌は人の心を種として生まれた百万(よろず)の言葉(ことのは)・・・天土(あめつち)のひらけ始まる時より生まれました・・・今の世に伝わるのは、いにしえの昔の 下照姫 にはじまり・・・』
と書かれています。
下照姫、日本最初の和歌

【古事記(上巻)「葦原中國の平定」より】
天若日子(あめのわかひこ)が高天原の高皇産霊神(たかみむすびのかみ)に誅せられた時、その死を悲しんだ妻・下照姫の泣き声を聞いた天若日子の父や家族たちは天から降って来て、葬儀をおこなった。この時、若日子の友であり下照姫の兄でもあった阿遅志貴高日子根(あぢすきたかひこね)の神も天降った。容姿がよく似ていたことから若日子の家族たちにまとわり付かれたことを不吉なことと怒った阿遅志貴高日子根は、剣を抜いて喪屋を切り伏せ、足で踏み荒らし、天へ飛び帰ってしまった。
これに続き『兄の御名をあらわさむと思って』下照姫が詠んだ(日本最初の)和歌が書かれています。
なお、古事記のこの歌の詞書(ことばがき)。詞書は後の万葉集を始め、和歌集の定式になりましたね。
故、阿治志貴高日子根神者、忿而飛去之時、其伊呂妹 高比賣命、思顯其御名、故歌曰 (兄が怒って飛び去った時、妹の高比賣(たかひめ、下照姫のこと)が「御名を顕さむと思ほして」歌った歌)
原文
阿米那流夜 淤登多那婆多能 宇那賀世流 多麻能美須麻流 美須麻流邇 阿那陀麻波夜 美多邇 布多和多良須 阿治志貴多迦 比古泥能迦微曾也
読み
あめ(天)なるや おとたなばた(弟棚機)の うなが(項)せる 玉のみすまる(御統) みすまる(御統)に あな玉だまはや み谷 ふたわたらす あぢしきたかひこねの神ぞ
意訳
(兄神は)天においでの織姫がくびにかけている穴の開いた玉の首飾りのように光っていますよ。でも違うんです。二つの谷を輝かせてお渡りになる、阿遅志貴高日子根の神なのですよ
天の岩橋(葛木の岩橋山)
あらためて古事記を読み返し、下照姫が詠んだ和歌を考えていると、葛木の岩橋山の景色が目に浮かんで来ました。

天の岩橋。
阿遅志貴高日子根が二つの谷を輝かせながら(二山の向こうから)渡ってくる「岩の橋」。

そして岩橋山の木股(中央の麓、扇状地の要)に、前回紹介した織姫を祀る棚機神社(たなばた神社)が鎮座します。
和歌(やまとうた)はこの景色から始まったのかも知れませんね。
そして、棚機神社に祀られている織姫(弟棚機、おとたなばた)は、愛する天若日子を突然に失った下照姫がモデルであるようにも思います。

*1:平安時代に編纂された日本最初の勅撰和歌集