「#龍田古道 を歩くパートⅡ」の最終回。#龍田山伝承地 から #三室山 山腹斜面の #龍田大社元宮跡碑までの #神降りの道(かみくだりのみち)を歩きました。#三輪山 #神籠もる御山(おやま)
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龍田古道・神降り(かみくだり)の道

龍田山(御座峰、ござがみね、伝承地)から龍田大社(伝・元宮)まで「神降りの道(かみくだりのみち)」を歩いてみました。
マップには龍田大社の創建時の元宮と現在地の両方を載せていますので、位置関係を理解する参考にしてください。

龍田大社元宮(伝、石碑)
グーグルマップでは道の表示が途切れており少々心配でしたが、
竜田古道里山公園を通り過ぎ、山道に入って途中、山の家のそばに表示があり、

そこから10分ほど歩いた山腹のまばらな林の中に碑が建てられていました。



石碑から山腹を見下ろす形で撮影。
ちょうど朝の光が射し込んで来ているので東の三室山(みむろやま)の方角です。

石碑の近くに石積があるくらいで、何もありません。

龍田山に降臨した風神を祀る龍田大社は、三室山山頂に近い山腹斜面に創建されました。
一帯は広い御神域(祭祀場)だったと思われます。
今回の行程はここまで。
猛暑の中、持参した1リットルの水も尽きてきたので、三室山には行かず、ここで引き返しました。
三室山(みむろやま)と三諸山(みもろやま)
あくまでも私見でありますが、三室山は「神籠もる山、かみこもるやま」から転訛したのではないかと考えています。
奈良県桜井市の三輪山(大神神社の御神体の御山)はふるくは三諸山(あるいは御諸山、みもろやま)と云われたとされていますが、

神様が降臨した聖地として共通していて、響きが似ていることから、「みもろやま」あるいは「みむろやま」は「神籠もる御山」の一般名称だったのかも知れないと考えたりします。
さらに古代妄想色の強い私見ではありますが、津軽の靄山(もややま)なども共通した言霊に由来してるのかも知れません。
龍田古道を歩くⅡは終わりですが、
次回以降、今回学んだ龍田の「古代たたら製鉄」と「風神信仰」を参考に「日本の古代製鉄の謎」について、いくつか考えるところを書いてみたいと思います。