ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

【梶取社】長い水路の道祖神【貴船神社の玉依姫伝承】

京都 #貴船神社 一の鳥居のそば #貴船川 と #鞍馬川 の合流点、紅葉の下に鎮座する #梶取社。#玉依姫 を乗せ、淀川〜鴨川をさかのぼったとされる #黄船 の梶を巧みに取った #梶取大神 を祀るとも伝えられます

目次

本文

【前回】

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京都 貴船神社・一の鳥居。梶取社

鞍馬電鉄・貴船口駅から二百メートルほど下ったところに貴船神社「一の鳥居」。

貴船神社 一の鳥居

ちょうど貴船川(府道361号線)と鞍馬川(府道38号線)の合流点になります。

貴船川と鞍馬川の合流点

鳥居前の紅葉の下に梶取社(かじとりのやしろ)。

梶取社 御由緒

案内由緒)玉依姫命(たまよりひめのみこと)が、水源の地を求め、黄船に乗って淀川、鴨川をさかのぼって来られた(御鎮座縁起)時、上手に梶を取った 梶取大神 が祀られているとも伝えられ、航海安全、交通安全、人生進路守護の神と崇められている。

紅葉が美しい梶取社

文中の「御鎮座縁起」とは、貴船神社奥宮の御由緒に書かれた内容に対応しています。

貴船神社奥宮「黄船、きふね」と玉依姫の伝承

奥宮の本殿そばに、玉依姫命が乗った「黄船」が埋められていると伝わる 御船形石 が鎮座します。

貴船神社奥宮、本殿そばの御船形石(黄船)

奥宮の由緒書(京都市)

貴船神社奥宮の案内(由緒)

当地は、貴船神社が当初創建されたところで、当社の祭神も本宮と同様、水や雨を司る「高龗神(たかおかみのかみ)」である。社伝によれば「反正天皇*1の時代(五世紀初頭)に玉依姫命(神武天皇の母)が黄船に乗って浪速(大阪)から淀川、鴨川、貴船川をさかのぼって当地に上陸し、そこに祠を営んで水神を祀ったのが当宮の起こりである」とのことで…(以下略)

前回「双葉葵の御神紋と河の流れ」について紹介しましたが、図は、玉依姫が貴船へさかのぼってきたルートを示しています。

玉依姫のルートは、貴船神社−上賀茂神社−下鴨神社という双葉葵(ふたばあおい)を御神紋とする古社を繋いでいることがわかります。

玉依姫伝承。貴船への水路(双葉葵と河の流れ)

淀川からさかのぼること約50キロ*2

貴船神社奥宮までの最後の分岐点に鎮座する梶取社は、複雑で長い水路の最後の道標、つまり、道祖神的な神格として祀られていると考えられます。

貴船神社・一の鳥居と梶取社

貴船の玉依姫

貴船の玉依姫とはどなたでしょうか?(古代史上の誰に相当するのでしょう?)

由緒(京都市)には「社伝では反正天皇の時代(五世紀初頭)に貴船にやって来た玉依姫(初代神武天皇の母)」と書かれています。

神武天皇は初代(紀元前)で、反正天皇は第18代(西暦400年代)ですから、少なく見積もっても「五百年ぐらいの」誤差がある記述内容です。

わざわざ貴船神社の創建をボカしているような印象すら受けます。

日本の古代史考察では「あるある」ですが、そんな謎を歩きながら考えるのが当ブログ👍

そのあたりの話を、古代妄想してゆきたいと思いますが、

ヒントは「双葉葵」がつなぐ河の流れではないでしょうか。

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*1:第18代。第16代仁徳天皇の皇子。古墳時代。西暦400年代。宗書の「和の五王」の珍と推定される

*2:貴船神社創建時の淀川河口は現在の淀川中流域と推定されます