2023年11月に訪問した #外ヶ浜町大山ふるさと資料館(24年3月31日閉館)。#宇鉄遺跡 から出土した縄文の #遮光器土偶 と弥生の #刺突文土偶 が並んで展示されていました。
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目次
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宇鉄遺跡(うてついせき、青森県外ヶ浜町)
北海道に接続する津軽海峡に面した外ヶ浜には、旧石器時代(陸路)から江戸期(海路)に至る、日本の長い歴史の遺跡が多数。

その中の宇鉄遺跡からは、縄文晩期から弥生早期(北海道では続縄文時代)への移行期の遺物が出土しています。


古くから遮光器土偶(亀ヶ岡式)などの珍品が出土することが知られていて、残念なことに、多くの遺物が流出してしまったようですが、
そのごく一部が「外ヶ浜町大山ふるさと資料館」に展示されていました。


注意!「外ヶ浜町大山ふるさと資料館」は2024年3月31日に閉館しています。現在は「大平山元遺跡展示施設む〜もん館」として建て替えられています。現時点での宇鉄遺跡出土品の展示は未確認です。訪問の際は必ず事前に確認してください)
縄文(晩期)の遮光器土偶と弥生(前期)の刺突文土偶
宇鉄遺跡からは、亀ヶ岡式の遮光器土偶(縄文晩期)が複数出土していますが、その一つが展示されていました(右)。

土偶は縄文時代のものと考えられがちですが、弥生早期にも「刺突文、しとつもん」を特徴とした土偶が造られていました(左)。
遮光器土偶の隣に並んで展示されているのがまさにその「弥生時代の刺突文土偶」です。
尖ったもので刺した小さい穴模様が身体中に付けられているのが特徴です。
母なる大地からの芽吹きを祈る農耕信仰に関係しているように考えます。


宇鉄遺跡は、このような出土品の状況から、縄文晩期〜弥生早期の遺跡とされています。
個人的に、
・遮光器土偶は、死者の転生(安産)を願う縄文の由来の津軽のアラハバキ信仰
・刺突文土偶は(縄文と新しい弥生の)農耕文化に関連した豊作を祈る信仰
をそれぞれ象徴する「神像」と考えており、
この二つの土偶様式の並びは、縄文から弥生への人々の信仰や価値観の接点(界面)と変化を見事に表していると思います。

共通する破壊の祭祀
連続した時代ではありますが、文化の発生源がやや異なる土偶が、二つとも頭と足が欠けた状態で出土しているのが、たいへん興味深いですね。
これはつまり、縄文時代、弥生時代に共通して、故人の持ち物や日用品が、葬送や祭祀の儀礼において、破壊され埋納されていたことを示します。
実際そのような例は日本の古代史では枚挙にいとまがなく、むしろ「普通」で、
後の古墳時代(前期)の銅鏡や
北海道のアイヌ文化期における霊送りの儀式
などにも共通しており、古代信仰が 汎日本的 であったことを示しています。
