知里真志保の地名アイヌ語小辞典「sak(夏)」の項には「古いアイヌ」の季節や時間感覚について言語学研究の観点から興味深いことが書かれています。#夏一年冬一年 #昼一日夜一日 といった二項対立的な感覚は私がイメージしている #縄文思考 そのものです
目次
本文
古いアイヌの「季節」と「年」感覚【sak-pa と mata-pa】
知里真志保の地名アイヌ小辞典「sak(夏)」の項には、「古いアイヌ」の季節感覚について、興味深いことが書かれています。

ここで言う「古いアイヌ」とは知里真志保(1909〜1961)の時代のアイヌの古老よりもさらに古い −おそらく− 縄文にまでさかのぼる時代の話です。
古老の時代には、私たちと同じく一年を四季で考えていましたが、さらに古くには 春や秋という考え方はなかったらしい と報告しています。
その根拠として、アイヌの古い地名、神謡(オイナ)や語り物(ユーカラ)などには、夏(sak)と、対立する冬(mata)しか登場しないからだ、としています。
例として 幾年も幾年もわれ戦い続けて という意味の詞曲を紹介しています(アイヌ聖典*1より)
sak-pa iwan-pa(夏・年・六・年)
mata-pa iwan-pa(夏・年・六・年)
tumi an-kor(戦・我ら・持ち)
この詞曲からわかるように、夏も冬もそれぞれ 年(pa)として語られています。つまり、
古いアイヌは「夏を一年(sak-pa)」「冬を一年(mata-pa)」として数え、
sak-pa と mata-pa が交互にやって来る、
と考えていたらしいことを指摘しています。
なお、知里真志保が師事した金田一京助は、著作・アイヌ聖典の訳注に次のように書いています。
「年(pa)を夏(sak)と冬(mata)に二分したる考。かくて夏を女季、冬を男季など呼ぶ語もあり、夏は耕作その他食料をとる季節にて、それは女子の仕事なればなり。冬は狩猟の季節にて、それは男子の仕事なれば故なり」
古いアイヌのライフスタイル
夏一年、冬一年で数える背景として、知里真志保は古いアイヌの生活スタイルを紹介しています。
地名アイヌ語小辞典・sakの項より)古くアイヌは、春から秋にかけては海辺に住み漁労生活をした。その際の住まいをsak-chise(夏・家)と言い、夏家のあるところをsak-kotan(夏・ムラ)と言った。この期間をアイヌは夏(sak)と言った。
秋の末には山の手の冬の家に移り、翌年の春まで穴居生活*2を営んだ。

その家を toy-chise(土・家)と言い、それのある所を、mata-kotan(冬・ムラ)あるいは riyan-kotan(越年する・ムラ)と言った。山の手のムラにあって土家に住んでいる期間が mata であって、私たちは「冬」と訳しているが、われわれが考えている「冬」とは違うのである。

古いアイヌの一日感覚
知里真志保は、さらに古いアイヌの 昼夜幾日も帆を上げて走った という意味の古謡を例にして、
「古くは、昼という日と、夜という日の二種の日があって、それらが交互にやって来るという考え方があったらしく思われる」
と紹介しています。
kunne iwan to(暗い・六・日)
tono iwan to(明るい・六・日)
kaya-koro-an(帆・持った・我ら)
*****
このような二項対立的な季節や時間感覚は、私がイメージしている 縄文思考 そのものです。
【参考】(現代)アイヌ語の春夏秋冬
春(paykar)/sak-paの初め
夏(sak)
秋(chuk)/sak-paの終わり。静内や様似では秋のことをsak-kes(夏の末)と言う
冬(mata)