古い縄文アイヌの人々は夏と冬、弥生人は春と秋をそれぞれ一年と数え、古代日本では現代の一年を二年として年齢を数えていた可能性が高いです。#魏志倭人伝 #春秋二倍暦 #古代日本の年齢観
目次
- 古い(縄文)アイヌの一年感覚(知里真志保)
- 弥生日本人の一年感覚(魏志倭人伝)
- 出雲伝承(出雲と大和のあけぼの)より
- 古代日本人は現在の一年で二才、歳をとっていた!?
- (参考)人の生物学的寿命について「生涯心拍数一定の法則」
本文
古い(縄文)アイヌの一年感覚(知里真志保)
前回記事で、知里真志保(アイヌ出身の言語学者、1909〜1961)は
『古い(縄文以来の)アイヌは「夏を一年(sak-pa)」「冬を一年(mata-pa)」として数え、「sak-pa と mata-pa が交互にやって来る」と考えていたらしい』
と指摘していたことを紹介しました。
弥生日本人の一年感覚(魏志倭人伝)
三国志魏書・東夷伝の倭人条(魏志倭人伝)の【注釈】に、3世紀(西暦200年代)の日本人の一年の感覚について書かれています。
其俗不知正歳四節、但計春耕秋収為年紀

その風習では、正歳(一年)の四季を知らない。ただ、春に耕す時と、秋に収穫する時を数えて一年としている。
この一文については、
春に耕す時+秋に収穫する時=一年
春に耕す時=一年、秋に収穫する時=一年
という二つの解釈が成り立ちますが、
春一年+秋一年の方(後者)は、明治期に来日したデンマーク人、ウィリアム・ブラムセン(1850-1881)の 春秋二倍暦説 の根拠になりました。
簡単にいうと、弥生の日本人は、春と秋に一年ずつ、つまり、現代の一年を2年 と数えていたという説です。
出雲伝承(出雲と大和のあけぼの)より

当ブログでたびたび紹介する出雲口伝(出雲と大和のあけぼの、齋木雲舟)では、次のように紹介されています。(文中( )は開物補注)
イズモ族は春分の日に春祭を、秋分の日に秋祭を(各地の)ムラ中で行った。それらの日を元日とし、182日を一年と数えた。春秋の元日に年齢を一つ加える習慣であったから弥生人の年齢は現代人の二倍であった。(中略、魏志倭人伝の内容を紹介)その後(イズモ文化の普及に伴い)出雲族の各地の代表は、春分と秋分の日に王宮(現在の島根県)の前に集まり、大祭を行った。そしてクナト(久那斗→熊野)王の子孫である出雲王をオオナモチ(大穴持→大名持)と呼び、大祭を国の行事とした(29ページ)
古代日本人は現在の一年で二才、歳をとっていた!?
縄文時代には、狩猟や採集のサイクルに応じて、夏一年・冬一年としてカウント
弥生時代には、稲作サイクルに応じて、春一年・秋一年としてカウント
魏志倭人伝(本文)に、
大人…(中略)…其人壽考或百年或八九十年
大人(年寄り)は長寿で、百歳かあるいは八、九十歳の者もいる
と書かれていますが、「一年二才カウント」で数えれば、40〜50才で「年寄り」と考えられていたと伝えていることになります。
縄文〜弥生時代を通じて、日本人の平均年齢は30才前後(弥生時代には少し伸びた)と推定され、
魏志倭人伝の記述は、「一年二才カウント=ウィリアム・ブラムセンの春秋二倍暦説」と、矛盾しません。
(参考)人の生物学的寿命について「生涯心拍数一定の法則」

哺乳類は全種を通して、生涯心拍数は15〜20億回と一定であるという説。
小動物: 心拍数が非常に速く(例:ハツカネズミ600-700回/分)、寿命が2-3年と短い。
大動物: 心拍数が非常に遅く(例:ゾウ30回/分)、寿命が70-80年と長い。
人間: 人間の成人の安静時心拍数は約60〜100回/分。このペースでいくと約50年で心拍数の上限に達する計算ですが、実際には80年近く生きるため、医療や環境によってこの法則を超えていると言われています。