大阪府藤井寺市の #葛井寺 #藤まつり。「葛」の字を「ふじ」と呼んで「ふじいでら」。市の名の由来です。見ごろをやや過ぎた藤の花を観賞しながら「葛」と「藤」で古代妄想。最後に頭の中がこんがらがりました😅 #藤原氏 #縄文 #諏訪
目次
本文
葛井寺(ふじいでら)の藤まつり(大阪府藤井寺市)
藤の花の見学に。
盛りと思って参拝しましたが、翌26日が最終日ということで、藤の花は短く、見ごろが難しいですね。

「葛」を「ふじ」と読む歴史

難しいと言えば、お寺の名前。
藤井寺市の由来にもなっているのに、本家本元は「葛井寺」と書きます。
何年か前の参拝の時、山門にいたガイドの方に「何て読むんですか?」と聞いたら、ニヤリとしながら「『ふじ』いでらです!」と答えられて、だいぶん恥ずかしかった記憶が蘇ります。
飛鳥〜奈良時代に百済から渡来した一族が、時の聖武天皇から「藤井」の名を賜って氏寺としたとのことですが、
藤原氏が隆盛となった平安時代になり、「藤」を名乗るのをはばかって「葛」の字を使いつつ「ふじ」と読むようになったという説がよく紹介されています。
根を張りツルを伸ばして繁殖する「葛」と「藤」

「葛」も「藤」も、周囲の樹木に絡みつき、いつの間にか大きな生育圏を広げているという、生命力の強い植物であることが共通しています。
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「葛、くず」は縄文文化を代表する糧植物(葛粉=吉野葛=スーパーフード)で、吉野の国栖人(くずびと)は縄文人を表します。
しかし現代のアメリカ欧州では、あまりの繁殖力に侵略的外来種(グリーンモンスター)などと不名誉な名を頂戴しています。
ちなみに、奈良では吉野の国栖(葛)、京都の葛野(かどの)などは、縄文こん跡の地名です。
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「藤」は天皇家のそばに根を張り、絡みつき勢力を伸ばし、平安期にはついに頂点に到達した一族を象徴します。
したがって藤原氏の紋は「下がり藤」。
ちなみに藤井寺の寺紋は「下がり藤」ですが、調べてみても藤原氏と葛井寺の明確な関係は見つけられませんでした。
…こんがらがってますね。

■古代妄想の中の「葛藤」
「葛藤、かっとう」は、生命力の強い葛や藤のツルが絡みついてほぐれにくくなった様子から、
一筋縄では解決できない状態を表す言葉として生まれた言葉(仏教用語)とされますが、
個人的には、日本の古代史の中の「葛」と「藤」の争いから生まれた言葉かも知れないと妄想しています。
諏訪の伝承
例えば、諏訪湖の出口、天竜川が始まる一帯に伝わるタケミナカタ神とモレヤ神の争いの伝承。
出雲のタケミナカタが諏訪入りをした時に、先住のモレヤの一族と争う話ですが、
タケミナカタ族は「藤の枝」、モレヤ族は「鉄の輪」で戦ったという内容。
ただ、モレヤが先住(縄文)であるならば「鉄の輪」ではなく「葛のツル」の方がおさまりがいいんだけどなぁ、と妄想するのです。
それはともかくとして、諏訪大社・上社の神長官守矢家には、タケミナカタ神とモレヤ神の系図が伝えられており、後に二つの一族は、婚姻関係を結び、現在に続く守矢家に繋がって行きます。

系図は後年(中世以降)の創作の可能性もありますが、
諏訪の話も含めて、何だか妙にこんがらがったお話を紹介しました。👍