住吉区の歴史案内イベントで #帝塚山古墳 に登ってきました。日頃は立ち入り禁止で柵の外側から眺めるだけでしたが、念願かなって墳丘からの眺めを楽しむことができました。隔絶された環境のおかげで、今では珍しくなった #ニホンタンポポ が足元に
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帝塚山古墳(てづかやまこふん、4世紀末〜5世紀始め)
大阪市住吉区の史跡などを案内するNPO法人・すみよし歴史案内人の会さんが主催する催しの中に、帝塚山古墳に登る企画があり、参加してきました。

日頃は施錠されている墓域内に、この日、始めて入ることができました。ヽ(^o^)丿

大阪市内、三大古墳のひとつ

帝塚山古墳(大阪市住吉区帝塚山西2丁目8−5)は、大阪市内を南北に走る上町台地の南端の台地上にあり、住吉大社の北東約1キロに位置します。
北東〜南西に軸線を持つ、4世紀末〜5世紀始めの前方後円墳。

宮内庁ではなく「住吉村常磐会」という地元の民間団体が管理しています。
京阪神では、帝塚山は芦屋(あしや、兵庫)と肩を並べる高級住宅街。
明治時代より有力者が名を連ねる自治会で、古墳の保存・管理は民間主導で行われてきた歴史があります。
上町台地南部の西縁に立地している。
全長:88m/高さ:後円部9m・前方部8m
墳丘には円筒埴輪があった。往時には周濠の一部である溜池があったという(故老談)。墳丘の形態など、中期古墳の特徴を備えている。後円部頂上には、明治31年11月の陸軍大演習の際の明治天皇登臨記念碑が建てられている。
天王寺公園内の茶臼山古墳、勝山通の御勝山古墳とともに、大阪市内の三大古墳に数えられるが、最も保存状態の良い古墳である。被葬者については大伴金村(おおとものかねむら)とする所説があるが、古典によれば、付近には住吉宅と呼ばれる大伴氏の居邸があったことから、大伴氏に関係する墳墓であるかも知れない。

墳丘からの眺め
子どもの頃、墳丘には樹木が生えていた記憶がありますが、平成の大きな台風で傷み、倒木で周辺住宅に被害が及ぶ危険があったため、後円部の一本を除き、すべて伐採したそうです。

しかし、おかげで前方後円墳のカタチを素のまま「見て」「感じる」ことができます。
下の写真には、北のあべのハルカスが映り込んでいますね。



今では珍しいニホンタンポポ
日頃、一般の立ち入りができないので、墳丘一面に、今では珍しくなったニホンタンポポがあちこちに咲いていました。
案内人さんが、セイヨウタンポポとの見分け方を説明してくだいました。




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【茶臼山古墳】大阪市天王寺区
【御勝山古墳】大阪市生野区