東西冷戦の中、最前線だったヨーロッパ(参加していない国・地域はシロヌキ)
ソ連館の高さは100メートル、万博会場では一番高い建物で、赤く鋭いデザインは発展するソ連を表現したものだったそうです。
EXPO70当時は、東西冷戦の真っただ中。
しかし『鉄のカーテン』の向こう側からソ連がパビリオンを出展し、国際的な緊張緩和(デタント)も期待されました。
ただ、ソ連を中心としたいわゆる「ヨーロッパの東側諸国」では、チェコスロバキアとブルガリアが参加しただけ。
ドイツは当時『ベルリンの壁』で西と東に分断されていて、西ドイツ(ドイツ連邦共和国)が参加しました。
ドイツとともに、ベルギー、フランス、イタリア、オランダは各国パビリオンの他、現在のEU(欧州連合)の前身、EC(欧州共同体)館にも共同出展するほどの力の入れようでした。
イギリスはECから一歩引いた(オブザーバー的な)スタンスで、英国館を出展しました。
この感覚の差が、つい最近、起こった『ブレグジット=イギリスの欧州連合からの離脱』の歴史的な背景に繋がっているんでしょうね。
スペインは不参加
意外だったのがスペインの不参加。
理由は日西経済友好会のページに書いてありました。
いわく『当時スペインにとって日本の存在はそれほど重要でなく、不参加でも問題なかった。その代わり、万博の直ぐ後、東京と京都でプラド美術館展を開催し、約35万人の来場を記録している。若し万博会場に場所を設け、展示したら入場者は数百万人に達していただろう』ということです。
(まだまだ続きます。笑)