ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【発掘・EXPO70(4)】緊張緩和と国威発揚 冷戦時代【緊張のはざま 平和の祭典】

東西冷戦の中、最前線だったヨーロッパ(参加していない国・地域はシロヌキ)

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EXPO70参加国 ヨーロッパ・アフリカ

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大阪万博会場 手前の白いドームのある建物がアメリカ館、奥の赤いタワーの建物がソ連

ソ連館の高さは100メートル、万博会場では一番高い建物で、赤く鋭いデザインは発展するソ連を表現したものだったそうです。

EXPO70当時は、東西冷戦の真っただ中。

しかし『鉄のカーテン』の向こう側からソ連がパビリオンを出展し、国際的な緊張緩和(デタント)も期待されました。

ただ、ソ連を中心としたいわゆる「ヨーロッパの東側諸国」では、チェコスロバキアブルガリアが参加しただけ。

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左)チェコスロバキア館のボヘミアンガラスの川の展示

ドイツは当時『ベルリンの壁』で西と東に分断されていて、西ドイツ(ドイツ連邦共和国)が参加しました。

ドイツとともに、ベルギー、フランス、イタリア、オランダは各国パビリオンの他、現在のEU(欧州連合)の前身、EC(欧州共同体)館にも共同出展するほどの力の入れようでした。

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左)イタリア館 右)フランス館のコンコルド模型展示

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欧州共同体館のパンフレット

イギリスはECから一歩引いた(オブザーバー的な)スタンスで、英国館を出展しました。

この感覚の差が、つい最近、起こった『ブレグジット=イギリスの欧州連合からの離脱』の歴史的な背景に繋がっているんでしょうね。

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イギリス館 パンフレットより、いかにも当時のイギリスらしい雰囲気

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スイス館 光の木 ここの食堂のチーズは美味かった!

スペインは不参加

意外だったのがスペインの不参加。

理由は日西経済友好会のページに書いてありました。

いわく『当時スペインにとって日本の存在はそれほど重要でなく、不参加でも問題なかった。その代わり、万博の直ぐ後、東京と京都でプラド美術館展を開催し、約35万人の来場を記録している。若し万博会場に場所を設け、展示したら入場者は数百万人に達していただろう』ということです。

(まだまだ続きます。笑)