ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください


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教科書にない古代史

【まるで推理小説(4)】間人皇女(はしひとのひめみこ)人生の選択と悔恨【中宮天皇の謎】★★★

難波宮(太極殿)大阪城が見える 間人皇女(はしひとのひめみこ)の置かれた状況 本シリーズの主役、間人皇女(はしひとのひめみこ)の立場(系図参照)で、彼女が何を考え、行動したのか、考えてみます。 ● お母さんの法提郎女(ほほてのいらつめ)は蘇我系…

【まるで推理小説(3)】ライン1本、どんでん返し!?【中宮天皇の謎】★★★

古代妄想レベル:★★★=MAX ★★=MEDIUM ★=MIN or A LITTLE 中宮寺(奈良県生駒郡斑鳩町)のご本尊と野中寺の蔵から発見された弥勒菩薩半跏像。 実在した女性をモデルにした弥勒菩薩半跏像 聖徳太子の母上で、第31代用明大王の皇后だった穴穂部間人皇女(あ…

【まるで推理小説(2)】大兄皇子 間人と中皇命(なかつすめらみこと)【中宮天皇の謎】★★★

野中寺 金銅製の弥勒菩薩半跏像の銘文に書かれた『中宮天皇』とは 前回の続きです。 古代妄想レベル:★★★=MAX ★★=MEDIUM ★=MIN or A LITTLE www.zero-position.com 正史にない『中宮天皇』とは誰なのでしょうか。 それを考えるために、二つのポイントを紹…

【まるで推理小説(1)】野中寺 金銅弥勒菩薩半跏像 銘文【中宮天皇の謎】★★★

前回記事 www.zero-position.com 前回記事で紹介した野中寺(やちゅうじ、大阪府羽曳野市野々上)に伝えられる金銅弥勒菩薩半跏像(国指定重要文化財)。 台座に刻まれたこの仏様の由来銘文の中に『中宮天皇』という日本正史では伝えられない天皇の名がある…

【中の太子 野中寺】金銅弥勒菩薩半跏像・台座の銘文【謎の中宮天皇と栢寺】★★★

弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしゆいぞう)。 代表的なものは、奈良・中宮寺の『菩薩半跏像』と京都・広隆寺の『宝冠弥勒像』です。 左)中宮寺 菩薩半跏像 右)広隆寺 宝冠弥勒像 腰掛けて左ももの上に右足をのせて(半跏)組み、右手の指先を軽…

【中の太子 野中寺(やちゅうじ)】聖徳太子・寺社建立のヒミツ★【仲哀天皇陵】

中之太子 野中寺(真言宗、大阪府羽曳野市野々上五丁目9番24号) 近鉄南大阪線・藤井寺駅から徒歩で約30分。駅前からバスも出ていますが、途中の仲哀天皇陵(岡ミサンザイ古墳)をじっくり見たくて歩きました。 野中寺は、藤井寺市から羽曳野市(はびきの…

【誉田八幡宮】(巨大)前方後円墳の拝み方・考★★【応神天皇陵古墳 またの名は恵我藻伏崗陵】

誉田八幡宮 神社と前方後円墳の関係を考えるのに、 誉田八幡宮と応神天皇陵古墳(別名;恵我藻伏崗陵、えがのもふしのおかのみささぎ)にお詣りしました。 誉田八幡宮 鳥居の向こうのこんもりした所が応神天皇陵 ご覧の通り、鳥居-本殿は東向き、本殿脇の参…

【四百回記事】三つの海人族の話★★★【海と山を駆けたご先祖様】

昨年四月にはてはブログを始めて、本日で四百回目の投稿になります。 いつも古代妄想にお付き合いいただく皆さまには、感謝しかありません。 祈念すべき四百回目。何を書こうか考えた結果、当妄想ブログの底流を「成すもの」を少し紹介したいと思います。 祇…

四天王寺七宮は地上に描かれた古代のハザードマップ★

四天王寺には『七』という数字にまつわる話がいくつかあります。 例えば、聖徳太子の七星剣(七星文=北斗七星の文様のある鉄剣)、四天王寺の七不思議(伝承、数パターン)、そして四天王寺七宮。 七星剣(四天王寺所蔵)現在は東京国立博物館に寄託 写真は…

【堀越神社】主祭神は崇峻大王【飛鳥京と上町半島】浮かび上がる古代の謎の点と線

もともと約4キロ北の天満橋の八軒屋あたりにあった熊野街道・九十九王子の第一番目の窪津(くぼつ)王子社。 現在は堀越神社(大阪市天王寺区茶臼山町)境内に遷座していることを紹介しました。 www.zero-position.com 茶臼山(古墳)から堀越神社方向を撮…

【法隆寺 薬師如来坐像】古代の「天皇」の呼び方【ふくよかな微笑の「裏」に隠された飛鳥・斑鳩の謎 】

ここでは奈良時代より前の話をします。 お気づきになっている方もいるかもしれませんが、最近、当ブログでは、大王(おおきみ)という言葉を使うようになりました。 例えば、第16代仁徳天皇というのをやめて、仁徳大王という風に。 しかし、第40代天武天…

古代の港湾エリアと官公庁エリア【難波の小郡と大郡・再考】【日羅公の埋葬地(5)】★★

熊野街道の上町半島のスタート地点、八軒屋跡の碑が建つ永田屋昆布本店さんでいただいた非売品の冊子『八軒家』 ビジュアルで、かつ、詳しい内容に目を奪われます。その中の熊野古道曼荼羅(久保田昭 画)。 浪華往古図を3Dに描いた作品ですが、八軒屋=ク…

四天王寺 伽藍 傾むいた方位の謎(2)見えてくる日本最初の神仏習合のカタチ★

四天王寺の伽藍が、真北ではなく、西に約3度傾いている、という前回記事。初めての方はそちらからご覧ください。 www.zero-position.com 四天王寺(伽藍)は夕陽を拝む鳥居を基準に設計されていた★ 古代妄想レベル:★★★=MAX ★★=MEDIUM ★=MIN or A LITTLE…

【熊野街道】古代上町半島の龍(ドラゴン)の背を歩く

河内難波(古代上町半島)の熊野街道 平安時代から鎌倉時代にかけて盛んであった熊野詣(くまのもうで)は、 京の都の鳥羽離宮(伏見あたり)から淀川を舟で下り、 河内難波、古代には窪津(くぼつ)と云われた『八軒家、はちけんや』に上陸、 古代上町半島…

【難波の堀江】歴代大王の四宮(基礎知識)と仏教伝来期【古代上町半島・考】

史跡や伝承は負けないぐらい多いのですが、近畿では、奈良や京都に比べて、大阪・難波の古代史は影が薄いですね。 幾たびも戦闘(戦争・空襲)で荒廃し、秀吉公の時代以降、一環して商(あきない)と都市開発を優先してきた歴史ですから 例えば、難波史の古…

【民のかまど】仁徳天皇が国見した方向は? 西か東か【東高津宮で考える】

先日紹介した産湯稲荷神社の西北の方角(徒歩で約5分)に東高津宮(大阪市天王寺区東高津町4−8)が鎮座しています。 東高津宮 もともと、現在の近鉄上本町駅のところに鎮座していたのですが、駅の拡張工事のため、昭和七年(1932年)、真北に約330メー…

【古代の謎を繋ぐワンピース】眞名井の清水-産湯の玉之井-藤原氏の源流【産湯稲荷神社(2)】

先日の続き www.zero-position.com 産湯稲荷神社 産湯玉之井 産湯稲荷神社の境内北側、小さな鳥居をくぐって下ったところに、産湯(うぶゆ)の名の由来となった、産湯玉之井という井戸があります。 産湯稲荷神社 産湯玉之井 ご由緒には、神代の昔、大国主命…

【日羅公の埋葬地(4)】古代の行政区・難波の小郡とはどこか?★★【0608訂正バージョンUP】

前回の続きです。 www.zero-position.com 『西畔丘前(西のほとりの丘の先っちょ)』は茶臼山古墳と書きましたが、では『難波小郡』とはどこなのでしょうか。 もちろん、古代に上町半島だった現在の大阪市内に小郡という地名は見当たりませんから、考察する…

【日羅公の埋葬地(3)】難波小郡・西のほとりの丘はどこか?★【荒墓・荒陵 茶臼山古墳】

古代妄想レベル:★★★=MAX ★★=MEDIUM ★=MIN or A LITTLE 1400年前の古墳時代末頃、現在の大阪市内主要エリア(キタ・梅田、ミナミ・難波)は上町半島西側の「海底」。 飛鳥時代まで大阪の古代史は、瀬戸内海と(旧)河内湖に挟まれた、南北に長い柄の…

【日羅公の埋葬地(1)】石碑に書かれた驚きの史実【将軍地蔵尊(大阪市天王寺区上本町)】

長らく大阪に住んでいて、地元の史跡には慣れ親しんでいるものの、それでも見落としていること、見落としていたことがあります。 あまりにも小さな『点』、それは『(歴史として)隠されているから』なのかも知れません。 日羅(にちら)という人物をご存知…

【古代のスーパーマン】壬申の乱(672)で大活躍 縄文血統 国栖の海人族

縄文時代以降、日本の歴史は、弥生 ⇒ 古墳 ⇒ 飛鳥 ⇒ 奈良時代と変遷します。 www.zero-position.com 古墳時代は物部氏が滅亡した『丁未の乱(587年)』とともに終わり、神仏混沌 の飛鳥時代が始まり、 www.zero-position.com 飛鳥時代は『壬申の乱(67…

【古代の常備薬(食)・葛の話】吉野と入谷(奥明日香)をつなぐ国栖人(くずびと)の道

奥明日香 入谷(にうだに)の葛(2019年9月初旬) 昨年9月初旬に、奈良から大阪のあべのハルカス(大阪市阿倍野区)が見えるところとして、奥明日香の入谷(にうだに、奈良県高市郡明日香村大字入谷)を紹介し、少し考察しました。 www.zero-position.com w…

【縄文の丘 弥生の平野】時代の画期(かっき)パラダイムシフト 雑考【止められない転換期】

例えば日本では、1万年以上続いた縄文時代から弥生時代へ、その後、古墳・飛鳥時代を挟んで、奈良時代へと時代は変わった。 それぞれの境目では、前の時代の生き方や価値観がひっくり返る大変化が起きた。 それほどの精神や文化、社会の大変化を、パラダイ…

【ぐるぐる渦巻き】発祥は縄文中期?長い時代、列島全体で共有されたデザイン

古代に興味を持ち、あれこれ調べ、あちこち見て回っていると、気になるのがぐるぐる渦巻き。 遅くとも縄文中期(5000年前)に発祥し、長い時代、列島全体で共有された意匠。 古代史的には、奈良時代(平城宮)の隼人の楯(はやとのたて、盾)に描かれたのが…

日本古代製鉄の謎(6)古代技術はなぜ失われるのか?【たたら製鉄と現代製鉄の比較から】

過去に存在していたが、今は存在しなくなった技術を『ロストテクノロジー』という。 なぜ技術は失われるのだろう? 古代から現代までの製鉄法をまとめていて、こういうことではなかろうか、と思うことをまとめてみた。 製鉄法の長い歴史をワンイメージ、ひと…

近世・江戸期に盛んだった古代大阪のイメージ『浪華古図』の世界

以前紹介した鵲森宮(かささぎもりのみや、森之宮神社)の宮司さんに見せていただいた古地図。 いろいろ調べていて、浪速(浪華、難波)古地図についてわかったことを、整理がてらに書いておこうと思う。 www.zero-position.com 先日、見せていただいたもの…

【司馬遷 史記より】秦 始皇帝 徐福 不老不死 神薬探しの伝承【原文とあらすじ】

コロナ騒動で週末は出控え、ブログネタにやや困りつつダイエットは難しい(笑)ので、断捨離を始めた。 私は押入れ当番で、奥の段ボール箱から、亡くなった父親の遺品の古書がでてきた。 約三十年前に残された大量の本はほとんど古本屋さんでサバいたが、ほ…

日本古代製鉄の謎(3)アムール ハイウェイとタタール(間宮)海峡【古代の北方ルート雑考】

前回記事 の後半で書いた、北方ルート。 製鉄技術の日本への伝播(日立金属サイトより) www.hitachi-metals.co.jp 北方ルートはあいまい(一直線。笑)に描かれているが、具体的には次のルートが最もあり得る。 インド北部⇒(タタール人居住域)⇒バイカル湖…

玉祖道・古代河内のウォーターフロント産業から見える「モノノベ経済モデル=ものづくり王国」物部さん考(21)

大阪に住んでいるおかげで、古代を考えるときは古地図を確認するクセがついている。 現在の日本の沿岸部平野は、例外なく、縄文晩期~弥生時代に海抜が下がる「海退」と、河川が運ぶ土砂の堆積(沖積)でできた「新しい国土」で、ここを押さえておかないと、…

【大伴家持】雅な歌人とは別の顔を持つ男 【百人一首 鵲(かささぎ)の詩 考察★★】物部さん考(20)

万葉集の編纂に関わったとされる大伴家持(おおとものやかもち、718年頃~785年)は、三十六歌仙の一人で、小倉百人一首にも名を連ねる。 百人一首 大伴家持 歌人として知られるが、実は、ヤマト朝廷以来の古代豪族、武人の家系で、奈良時代の大伴氏の…