ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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教科書にない古代史

蝦夷の人々が継承する縄文と空海さんの濃厚な接点【エミシとヤマト】

はじめに 空海さん(#弘法大師)の俗名は#佐伯真魚。父方が讃岐の #佐伯部。ヤマト王権が東日本を平定する過程で捕虜となった蝦夷を畿内から遠い地域に居住させた時の監督者あるいは一族の家系。幼いころから縄文を継承する蝦夷の言葉、思想、信仰に通じてい…

宗祐寺(奈良県宇陀市)三点セットが結ぶ焦点【太子信仰と蝦夷】★

はじめに 聖徳太子の開基と伝わる #宗祐寺(創建時は多聞院)。太子にまつわる #東夷降伏の功 伝承 #殺生戒 の碑 御本尊の #毘沙門天。三点セットは蝦夷とヤマト王権の史実に焦点を結びます 目次 「東夷降伏の功」「殺生戒」「毘沙門天」 宗祐寺のこん跡・三…

【聖徳太子】厩で生まれ、馬子と物部氏を滅ぼし、黒駒と天翔ける

はじめに 聖徳太子(上宮法王)は馬と縁が深い人でした。厩(うまや)で生まれ、愛馬を石に彫り、馬子と物部氏を滅ぼし、推古女帝の摂政として飛鳥と斑鳩を馬で駆け、#甲斐の黒駒 と天を飛びました #厩戸皇子 #オシラサマ伝承 目次 聖徳太子と馬 甲斐の黒駒 …

【遠野物語】イタコ・オシラサマなど 巫女が担った東北各地の信仰【国立民族学博物館の見学より】

はじめに 国立民族学博物館。東北各地に残る #巫女の信仰と祭祀具の展示。#蝦夷 と #ヤマト の文化がぶつかった歴史のなか、長い時間をかけた #神仏習合 のスガタ。#遠野 の「娘と馬の哀しい話」#イタコ #オシラサマ #エジコ #ワカサマ #オナカマ #オガミサ…

縄文の竪穴住居 火と水と土の暮らし 内は赤(明るい)・外は黒(暗い)のサカイに生きた人たち

はじめに 竪穴住居を調べていて #井戸尻考古館(長野県)#小松隆史氏 のインタビュー記事(2017年)「みんなが囲んでいる空間は赤々としてあたたかいけど、自分たちの背後にある暗い世界というのは我々の世界じゃないんです」前(内)は赤、背中(外)は黒の…

【奈良 倭文神社(1)】フツと切れた大蛇のシッポは帯解へ飛びアタマを祀る【蛇塚神社】

はじめに 奈良市内 #倭文神社 #しずりじんじゃ に参拝。春日大社系・藤原氏の一族が769年に勧請。一帯の古地名は辰市郷。境内社に #蛇塚神社 が鎮座するなど #大蛇伝説 が残されています #ヤマタノオロチ伝説 #スサノオ #龍頭山西福院 #物部氏 目次 倭文神社…

貴(アテ)の深く青き森の文化 阿弖流為(アテルイ)と「貴」の話★★★

はじめに 青々とした森の景色、青森ヒバは県木。石川では #アテ(貴)の名で輪島塗漆器の伝統的材料。縄文の #円筒土器文化圏 で #津軽 と #能登 は海路でつながっていました。#蝦夷の英雄 #アテルイ #貴はムチ・モチとも読みます 目次 青い森の誕生と発展 …

「やちまた」と子孫繁栄 縄文から現在まで カタチを変えて残る【道と際の信仰】

はじめに 先日紹介した#多賀城市 #荒脛巾神社 の二重祭壇や #二荒神 の意味。古い信仰 #アラハバキ と #道祖神 などの「複雑な」繋がりを考えてゆくうえで、手始めに去年夏の記事をリライト。#古代連想のやちまた カテゴリー追加 目次 やちまた(八衢、八岐…

モノで見える化【古代 津軽の文化圏】交流と交易の歴史【備忘録】

はじめに 津軽の面白さは歴史の中で文化圏が交わった場所であることでしょうか。一つめは #津軽海峡 を挟んで #北方文化圏 どうしで。二つめは日本海交易で #糸魚川(越)や #出雲 と。三つめは6世紀以降 #蝦夷(えみし、えぞ)として中央の文化圏と 目次 …

【津軽平野の弥生式水田遺跡】いつ、だれが、なぜ、何のために(後半)★★★【砂沢遺跡を継承した垂柳遺跡】

はじめに 弥生の水田稲作はすばやく #津軽平野 にまで伝播した。考古学的定説ですが、では、いつ・だれが・なぜ・何のために伝えたのでしょうか。考察(古代妄想)の後半です。弥生前期末の #砂沢遺跡 弥生中期後半の #垂柳遺跡 #出雲文化 #クニビキ神話 目…

【砂沢溜池 弥生式水田遺跡】いつ、だれが、なぜ、何のために(前半)★★【津軽 縄文から弥生への過渡期】

はじめに 北九州・弥生式の水田稲作ノウハウが弥生期の #津軽 #砂沢遺跡 に。北九州 #遠賀川式 によく似た土器も発見されています。いつ、だれが、なぜ、何のために持ち込んだのでしょうか。#岩木山 #岩木川 の変化、気候変化、#海進と海退 による海抜変化も…

【十面沢 貴船神社】長い石段の上に鎮座する御神体 とても古い信仰のこん跡【龍神信仰と鬼伝説】

はじめに 津軽 #岩木山 の麓を移動していて目に入った #十面沢 の赤鳥居。#貴船神社 の名をみて境内奥の長い石段をのぼって行きます。本殿の扉を開けると御神体。西日に照らし出された姿は神々しく。とても古い #龍神信仰 のカタチが残されていました #鬼伝…

お岩木山の麓 縄文から弥生 津軽と北九州 繋がりのこん跡【砂沢溜池・砂沢遺跡】

はじめに 岩木山の夕景が美しい #砂沢溜池。 #砂沢遺跡 の案内板には #津軽の弥生稲作 の始まりが書かれていました。炭化米から、北九州 #板付遺跡 のものと似た #熱帯ジャポニカ の栽培が推定されています #遠賀川系土器 目次 岩木山北東部一帯の湧水群 砂…

板状土偶も逸品ぞろい【つがる市立森田歴史民俗資料館(2)】縄文の土偶雑考

はじめに 縄文・石神遺跡出土品を展示している #森田歴史民俗資料館(つがる市)の2回目。今回は #板状土偶。展示品の数は少なかったですが逸品ぞろいでした。#遮光器土偶 目次 森田歴史民俗資料館、板状土偶の展示 石神遺跡・三内丸山遺跡 板状土偶の比較 …

【お岩木さまの麓 厳鬼山神社】十腰内(とこしない)の鬼伝説

はじめに 岩木山三峰の北側が #厳鬼山。その麓一帯の十腰内(とこしない)の #厳鬼山神社 に参拝。一風変わった地名は #鬼伝説 に由来するそうです。神社の近くに #猪型土製品 の出土で知られる #十腰内遺跡。遮光器土偶とほぼ同じ時代、装飾的文様から #亀…

【大森勝山遺跡】岩木山を眺望 縄文のライフスタイルと『公』の精神【縄文の神社?】

はじめに 国史跡 #大森勝山遺跡(弘前市)。世界遺産認定に向けて動き出した #北海道・北東北の縄文遺跡群 で青森県8遺跡のひとつ。古来からの霊山 #岩木山 を眺望する台地にあり、人々の生活痕が少ない点で、三内丸山遺跡や亀ヶ岡遺跡とは少し違う印象です…

【上御殿遺跡】日本青銅器時代はじまりの証拠?オーパーツ? 短剣の石製鋳型【高島歴史民俗資料館(2)】

はじめに 継体天皇ゆかりの地の #上御殿遺跡。縄文中期後半(4000年前)以降、各時代の遺物が連続して出土。#高島歴史民族資料館 展示の #青銅器短剣 #石製鋳型 に注目。はるか西方 #オルドス様式 の可能性。しかし伝来ルートは不明。今のところ #オーパ…

【鴨稲荷山古墳】復元された古代首長のキラキラ豪華装飾品(冠・沓・耳飾り)【高島歴史民俗資料館(1)】

はじめに 滋賀県高島市 #鴨川 が流れる天皇橋のそばに #鴨稲荷山古墳。金銅製のキラキラ輝く冠、沓、耳飾りなどで飾られた被葬者の様子から、#継体天皇 と深い関わりのある首長・皇子クラスの墓と推定されます。#高島歴史民族資料館 目次 鴨稲荷山古墳(かも…

【出羽三山神社(1)】八乙女浦から八咫烏に導かれて【蜂子皇子(能除大師)の足跡】

はじめに 始まりは大阪 #堀越神社。それから奈良(桜井市)#下居神社。境内の碑に #崇峻天皇 の #蜂子皇子 と#出羽三山 の由緒が書かれていました。皇子の足跡を追い、八乙女浦(由良)から出羽三山神社(羽黒山)に向かいました。#三本足の八咫烏 #能除大師…

【オホーツク文化】北海道北西部の沿岸一帯 一千年続いた交易文化【北海道大学探訪(2)】

はじめに 北海道大学総合博物館(#考古学)では、本州の古墳時代の半ばにあたる4世紀から鎌倉時代の13世紀にかけて、約1,000年続いた #オホーツク文化 をテーマに #礼文島 各遺跡からの出土品の展示をしていました 目次 オホーツク文化 礼文島55遺…

ヤマト創世記【大物主神=事代主神?】出雲屋敷とイスケヨリヒメ伝承【山の辺の道・狭井川】

まとめ 飛鳥坐神社の「#事代主 が首渠神(ひとごのかみ)として神々を連れ #飛鳥の神奈備 に鎮座」という御由緒。その場所には諸説ありますが、シンプルに #三輪山 かも知れません #出雲屋敷 #イスケヨリヒメ #狭井川 #大神神社 目次 山の辺の道・狭井川 日…

古代上町半島 最大級の謎・大坂城(4)家康公の慎重 秀吉公の性急 そして信長公の逡巡?★★★

まとめ 大坂城にまつわる謎。#信長公 はなぜすぐに築城しなかったのか。逆になぜ #秀吉公 は築城を急いだのか。なぜ #家康公 は豊臣天守跡を埋めてまで真新しい城を再築したのか。#戦国三英傑 の違いは何だったのでしょうか 目次 徳川期再築天守閣の謎 家康…

古代上町半島 最大級の謎・大坂城(3)ドラゴンの頭の変遷★★★【古代史のモノサシ】

まとめ 古代上町半島 北端部は人が住み続けてきた所。ざっくり歴史を書きました。(縄文中期)#森ノ宮遺跡→(弥生時代)イワクラ群→#生國魂神社→(古墳・飛鳥・奈良・平安・鎌倉時代)#八十島祭祀 地→(中世)#石山本願寺→豊臣期 #大坂城→(近世)徳川期再築…

古代上町半島 最大級の謎・大坂城(2)古代から継承された巨石運搬技術★【徳川期再築天守閣】

まとめ 大阪城の魅力のひとつは #巨大な石垣。大手門から天守閣に行く途中、各所でその大きさに驚かされます。#徳川期再築天守 では西日本全域から集められました。山から切り出された巨石は瀬戸内海路で大坂へ。さて、この技術と熟練はいつの時代から継承さ…

【出羽三山の信仰(1)】月山・湯殿山・羽黒山【修験と信仰の八方七口】

まとめ 出羽の国 #月山 #湯殿山 は信仰の中心として仰がれ #羽黒山 とともに #出羽三山 の神仏習合、修験道場として拓かれました。聖地への入山口は #八方七口 と云われ、それぞれに宿坊が置かれ発展しました 目次 出羽三山と能除大師(蜂子皇子) 出羽三山…

【ヤマト創世記の舞台】出雲の神を祀る河俣神社と木葉神社【曽我川 流域(1)】

まとめ 大和葛城山 が源の #曽我川 #葛城川 は大和盆地を北上し合流、大和川に注ぎます。二川流域には #弥生遺跡、古墳時代の #曽我遺跡(玉作)など。初回は #ヤマトの首渠神(ひとごのかみ)#事代主 の #河俣神社、#コノハナサクヤヒメ の #木葉神社 #雲梯…

【三種の神器・雑考(4)】天に煌めくことなく歴史の舞台から消えた皇子たち【月読と八尺瓊勾玉】★★★

まとめ 皇位継承の激しい争いは勝者と敗者を生みました。歴史の舞台から静かに消えてゆく敗者。#記紀 に登場しながら消えて行く #ツクヨミ(#月読)のイメージに重なります。鎮めのツールとしての#八尺瓊勾玉 を考察 目次 御所の玉(月読)、後宮の鏡(天照…

【大和・下居神社】崇峻天皇の子・蜂子皇子が結んだ歴史の絆【庄内・出羽三山神社】

まとめ 崇峻天皇の暗殺直後、#蜂子皇子 は #聖徳太子(#厩戸皇子) の助けで大和を脱出。後に #出羽三山神社 を開山するなど #庄内平野 で偉大な足跡を残したことが桜井市 #下居神社 境内碑に書かれています #月山 #湯殿 #羽黒山 目次 下居神社(おりいじん…

【崇峻天皇】混乱の飛鳥 タタリ名が付けられた大王【倉梯岡陵、赤坂天王山古墳】

まとめ 最高位でありながら暗殺された #崇峻大王。#日本書紀 では犯人は悪名高き #蘇我馬子 と書かれています。宮内庁は #倉梯岡陵(円墳)としていますが、#赤坂天王山古墳(方墳)を墳墓とする説が根強くあります 目次 倉梯岡陵(くらはしのおかのみささぎ…

【柿本人麻呂(2)】歌聖の絶妙テク 暗号が埋め込まれた歴史の記録★★【万葉集・雑考】

柿本人麻呂公像(高津柿本神社)島根県益田市高津町 AC まとめ 柿本人麻呂。各皇族や宮の動静を深く知る立場にありながら、宮使いの舎人としてレッドラインを超えないわきまえと文学素養があり、ゆえに万葉集の編集者として適任でした。そんな歌聖の危ない橋…