ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

【道祖神】 境界(際) の路傍に立ち、幸を迎え入れ、災厄を塞ぐ【サイノカミ】

はじめに

正月明け、各地で #とんど焼き。#サイノカミ とも云われる神事は #道祖神 の信仰に起源。『境界(際) の路傍に立ち、幸を迎え入れ、災厄を塞ぐ信仰』は日本列島広範に古くから深く根付いています

目次

本文

道祖神とサイノカミ信仰

先日、タローさん(岡本太郎)は、太陽の塔 でオモテとウラのある 中空の器(うつわ)としての母胎を表現したのでは、と紹介しました。

オモテは明るい太陽の射す この世、ウラは暗い太陽が照らす(暗闇の)あの世

www.zero-position.com

そして、タローさんのゲージツ(芸術)を触媒として、釣手土器(香炉型土器)や遮光器土偶(シャコちゃん)は、共助の母系制社会の縄文集落ごとにひとつ・ふたつあった産室(竪穴住居)を照らすランプだったのではないかと妄想しました。

このあたりの説明はやや難しいので 千と千尋の物語 のワンシーンを思い出してみてください。

道祖神は本来不動のものですが、宮崎駿監督がイメージした歩くカンテラは、あの世で迷う千(せん)を、この世の千尋ちひろ)に導く道祖神のイメージでしょうか。

千と千尋の物語より。歩くカンテラ千尋をこの世への帰還(再生)を導く道祖神(どうそじん)のイメージか

道祖神とは集落の 境界(際) の路傍に立ち、を迎え入れ、災厄を塞ぐ、サイノカミ(幸ノ神、塞ノ神)のこと。

一般的な道祖神のイメージとしては安曇野の男女一対の石造物がよく知られていますが、

長野県 安曇野の男女一対の道祖神(AC)

道祖神(サイノカミ)信仰は、日本列島に普遍的なもので、例えば東北日本のワラの巨神・鹿嶋さま(お人形様)なども道祖神で、石造物に限ったものではありません。

ダイダラボッチ伝説も、よく調べてみると道祖神信仰に関連していると考えられます。この点は現在情報収集中。いずれ紹介したいと思います)

左)鹿島様(厄神様)秋田県横手市、右)お人形様(東北歴史博物館

www.zero-position.com

この季節、全国各地で行われる とんど は、新年という境界を迎えるという意味で、時の道祖神(大歳神、大年神信仰であり、ゆえに サイノカミ とも云われます。

www.zero-position.com

奥明日香(奈良県明日香村)のカンジョ掛けの男綱(おずな)・女綱(めずな)も、サイノカミ信仰(幸せを招き、災いを塞ぐ)のカタチ。

大字稲渕の男綱(塞ノ神)、大字栢森の女綱(幸ノ神)

川に張られた綱は集落の 結界 で、その結界にワラづくりの男性器と女性器を吊るしてあります。

そのダイレクトな表現から、相当に古い時代から続いているものと考えられます。

なお、個人的には 男綱は塞ノ神女綱は幸ノ神 をそれぞれあらわすと考えています。

なぜそうなのかは、ご覧の皆さんの 大人な想像 にお任せいたします( ´艸`)

道祖神とサイノカミ信仰は縄文起源?

冒頭の太陽の塔回の考察でも書きましたが、縄文の土器・土偶に表現されているという意味で道祖神・サイノカミ信仰は縄文起源と考えています。

男性を表現する石棒、女性をあらわす丸石・石皿などが竪穴住宅の入り口(長者ヶ原、新潟)や、カマド(炉跡)近く(井戸尻、長野)に埋納された状態で発見されることも、その根拠です。

入り口は『外』と『内』の境。

竪穴住居の内部を、誰でも心地よい眠りを得る子宮と考えることができます。

縄文竪穴入り口に埋納された石棒と丸石(長者ヶ原考古館)昭和初期まで続いた胎盤埋納の風習の起源と考えられる

炉端は『地中』と『地上』の境。

炉(竈、かまど)は窪み…女性器の象徴として考えるならば、炉端の石棒の意味も見えてきます。

炉端に埋め込まれた石棒(井戸尻考古館)

少し長くなりましたので、続きは次回。

PVアクセスランキング にほんブログ村