ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

【氣都倭既神社】岩と樹と水のパワースポット【茂古の森】

はじめに

明日香村上(かむら)の #氣都倭既神社(きつわきじんじゃ)境内は #茂古の森(もうこのもり)といわれる緑豊かな杜。#藤原鎌足 が #蘇我入鹿 の首に追われ逃げた森で「ここまではもう来ぬだろう」という呟いたのがその名の由来と伝わる

目次

本文

気都和既神社(きつわきじんじゃ)※2022年11月上旬参拝

(34.463746162714806, 135.8475082955656)/奈良県高市郡明日香村上(かむら)172/石舞台古墳から2.5キロ(県道155号・多武峰見瀬線を東に車で5分)駐車場はありませんが一時停車できるほどのスペースあり

気都和既神社(きつわきじんじゃ)

御祭神:気津別命(きつわけのみこと)、天津児屋根命(あまつこやねのみこと)

気都和既神社(きつわきじんじゃ)案内

気都和既神社ともうこの森)境内は「もうこの森」と呼ばれており、この気都和既神社にあ、気津別命(きつわけのみこと)と尾曽・細川両大字の神社にそれぞれ祀られていた天津児屋根命(あまつこやねのみこと)*1を合祀した三座を祀る。その名のおこりは、645年の 大化の改新中臣鎌足(なかとみのかまたり、藤原鎌足が飛鳥板蓋宮(あすかのいたぶきのみや)で暗殺した蘇我入鹿(そがのいるか)の首に追われて、ここまで逃げ込み「もう来ぬだろう」といったことに由来すると伝えられている。鎌足が腰をかけたと伝えられる石も残る

気都和既神社 境内

県道155号線の間に挟まれた勾配の強い傾斜地に鎮座。水の流れにより湿度が高く、緑が濃い境内でした。

氣都倭既神社 伝・藤原鎌足の腰掛石

氣都倭既神社 境内

鳥居をくぐり石段をのぼると、二つの御本殿。

氣都倭既神社

ぐりぐりの角が二本ずつ(計四本角)の狛犬さん。

氣都倭既神社 狛犬さん

氣都倭既神社

絶妙なロックバランスの灯籠。この姿で何年たち続けているのでしょうね。

氣都倭既神社 灯籠

これぞパワースポット?

いったん境内を出て、もうひとつの参道石段の方に向かいます。

氣都倭既神社

樹々がみずみずしく生きる力を感じます。

氣都倭既神社 参道沿いの樹木

ここすごいと思いました。

大地から水の力を得た樹が、岩の上に根を張ります。

氣都倭既神社

境内の社殿は、石段の途中、御本殿の前に設けられる向拝殿(こうはいでん)でした。

こちらが正面だったようです。

氣都倭既神社

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*1:天児屋命(あめのこやねのみこと)。中臣氏・藤原氏の祖神(おやがみ)。石清水八幡宮縁起『八幡愚童訓』では天児屋命は、安曇氏(阿曇氏)の祖神・安曇磯良と同神と伝える