ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【山越来迎図の秘密】摂津・河内平野 二本の【太陽の道】が指すところ③

はじめに

春分秋分の夕刻、西の #石鳥居 の真ん中に没する夕陽を観て #西方極楽浄土 を想う #四天王寺 #日想観法要。その起源は創建時から重視された #太陽の道。#阿弥陀如来 #山越来迎図

目次

本文

四天王寺ラインが明石海峡を指す理由・考

摂津・河内平野 二本の【太陽の道】は明石海峡を指す

前回の住吉大社ラインに続き、生駒山系の生駒の大鳥・天照山を起点に、四天王寺ラインが明石海峡を指す理由を考えてみました。

四天王寺(西側)では石畳の参道を挟んで、有名な石鳥居と西大門が並びます。

四天王寺 西門 石鳥居と西大門(2022年 元旦)

毎年、春分秋分の日の夕刻に、東の境内からみて 石鳥居の真ん中に没する夕陽を観て、西の阿弥陀世界・西方極楽浄土を想う日想観(にっそうかん、じっそうかん)法要 が盛大に行われます。(一帯の「夕陽丘」の地名は、こういうところから由来します)

四天王寺 西大門『武庫山越の阿弥陀如来

西大門の格子の奥に描かれた四枚の壁画のうちの一枚、武庫山越(むこやまごえ)の阿弥陀如来

案内にも書かれていますが、鎌倉時代以降に盛んに描かれるようになった 山越来迎図 のデザイン様式です。

臨終を迎えた人に、阿弥陀如来と脇侍の菩薩たち(勢至菩薩観音菩薩)が西方極楽浄土から迎えに来た場面を描いたといいます。

一言でいうと お迎えの図

www.zero-position.com

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四天王寺から見て阿弥陀如来があらわれるところ

ここまで書くと、もうお分かりでしょうか。

四天王寺から見て、はるか西の方、阿弥陀如来があらわれるところ・・・明石海峡 の他に候補は考えられません。

武庫山越の阿弥陀如来のデザインに書かれた海を、瀬戸内海につながる明石の海と考えると、左(南)の山は淡路島、右(北)の山は六甲山系ということになります。

いろいろな説を調べていて、大和二上山かな?とも考えましたが、それでは海(海峡)の説明がつきませんでした。

明石海峡と考えると、西大門に描かれた山越来迎図のデザインの意図が、しっくりと頭に入ってきます。

二本の太陽の道から見えてくるこの国の歴史と信仰の変化

古墳時代中期に栄えた応神天皇ファミリー(神功皇后仲哀天皇)の血脈の故郷を遥拝する住吉大社

飛鳥時代に建立され鎌倉時代に隆盛となった四天王寺では、応神天皇八幡神)が時代とともに阿弥陀如来と習合し、西方極楽浄土の仏教世界観であらためて崇敬されるようになった。。。

そんな歴史や信仰の変化が 二本の太陽の道 から見えてきます。

では、明石海峡からやって来た人には、例えば四天王寺は、どう見えたのでしょうか。

次回、当シリーズ最終。

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