ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【摂津河内の太陽の道①】日出づる処の生駒の大鳥、日没する処の石鳥居

はじめに

私の古代妄想の原点 #四天王寺。#聖徳太子推古天皇) はなぜここに #和 のシンボル #日出づる国 の玄関口の大寺を建立したのでしょうか。あらためて整理 #生駒の大鳥

目次

本文

先日の記事の補足で書きました。

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生駒の大鳥(開物命名

今は高いビルに囲まれてほとんど見えず、気が付く人は少ないですが、大阪市内からほぼ真東の生駒山系の中に、羽根を広げた大きな鳥のようにみえる所があり、春分秋分の日には、ちょうど、その大鳥の頭から日の出を拝めることに気が付きました。

開物が生駒の大鳥と呼ぶところ。2021年春分の朝、大鳥の頭から日の出

四天王寺・日想観法要と伽藍の秘密

四天王寺では、春分秋分の日に境内西端の石鳥居のど真ん中に日没することから、毎年二回、西方浄土阿弥陀世界)に没する太陽を遥拝する 日想観(じっそうかん、にっそうかん) の法要が盛大に行われます。

四天王寺 西の石鳥居に沈む太陽(法要の一週間ほど後に撮影)

石鳥居からの参道をまっすぐ進むと四天王寺伽藍(東に月)金堂と五重塔の真ん中に転法輪石

四天王寺と生駒の大鳥を結ぶライン

(左写真)石鳥居から続く参道のラインは、四天王寺伽藍中心の 転法輪石 を貫き、境内東の 物部守屋 を通って、

(写真右)境外に出、御勝山古墳の後円部(墓域)中心を通り、

最終的には、生駒麓の 繩手遺跡東大阪市埋蔵文化財センター)を通って、生駒の大鳥を指します。

四天王寺伽藍は、このライン、つまり 春分秋分の日の太陽の道 をたいへん重視していたようで、それゆえに、左写真のように、西に約3度傾いた配置になっています。

西に約3度傾けられた四天王寺伽藍と東西ラインが指し示す先に御勝山古墳

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古代河内~上町半島(摂津)を通る太陽の道①【四天王寺~生駒の大鳥】

スパーンと、このラインを描いたものを紹介したことがありませんでしたので、図を作ってみました。

参考までに緯度データを示しておきました。

左が四天王寺~生駒の大鳥を結ぶ太陽の道①。右が住吉大社高安山信貴山を結ぶ太陽の道②

ちなみに、豊臣秀吉公は、大阪城天守閣から巽(東南)の方角に、この生駒の大鳥を見たらしく、麓の瓢箪山稲荷神社を特別に崇敬したようです。

現在の『大阪市生野区巽』という地名は、この故事が由来。

瓢箪山稲荷神社は、双円墳、つまり、ひょうたん型の古墳(古墳時代後期)に鎮座します。

大阪城天守閣から生駒の大鳥

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過去記事のまとめだけで長くなってしまいました。

次回に続きます。

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