ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

京都国立博物館に寄贈・寄託された 東寺執行職 阿刀家秘宝(1983年4月)

はじめに

弘法大師 #空海さん 母方の家系で、平安時代以来 #東寺執行職 を世襲している #阿刀家 所蔵の秘宝は1983年4月に国立京都博物館に寄贈・寄託されました。当時の新聞より情報と画像

目次

本文

本記事は、ナミキリ不動明王の記事で紹介した三輪さんからお借りしたデジタルアーカイブ(1983年4月4日朝日新聞夕刊記事&画像)に基づき、三輪さんに了解をいただき書きました。

www.zero-position.com

京都国立博物館に寄贈・寄託された阿刀家秘宝 約三千点(1983年4月)

阿刀家41代、阿刀弘文氏の遺志で、寄贈・寄託されたのは、阿刀家に伝えられた秘蔵の古文書類約二千点、美術工芸品一千点。(当時の時点で大半は未公表史料)

www.tobunken.go.jp

弘法大師座像(快慶作?)

新聞記事より)弘法大師につながる家系を示すものとしては、鎌倉時代初期の作とみられる 弘法大師座像 がある。ヒノキに彫った漆塗りの一品で、高さ三十センチ。すでに彩色ははげ落ち、下地の黒漆が出てはいるが、着衣の線やキリッとした顔つきなどは、西方院の阿弥陀如来をつくった仏師・快慶の作風をしのばせ、諸寺伝来の大師像にもひけをとらない国宝級の持仏という。

阿刀家秘宝の弘法大師座像

写真の座像は、東寺の大師堂(西院御影堂)に安置されている国宝(運慶の四男、康勝作)の木造弘法大師坐像とソックリ!

国宝坐像にくらべて丸顔。弘法大師がお若く見えます

記事では”快慶の作風”と紹介されていますね。

執行日記

各時代の執行職が、京の都の見聞録や当時の日常を記録した 執行日記

新聞記事より)執行日記は縦三十六センチ、横二十九センチの和とじ本で、建武元年(1334)から二十数冊、江戸時代にまで及んでいる。・・・日記には寺関係以外に、一揆など社会一般の動きがかなり記録されていることがわかった。

執行日記

宝物殿の鍵の拓本

新聞記事より)各種の鍵にスミを塗って拓本をとった永正、永禄年間(十六世紀)の巻物。鍵の紛失などに備えたらしく、東寺の宝物を管理していた執行職の一端をうかがわせる

宝物殿の鍵の拓本

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他に、大師の生涯を描いた 大師絵伝、東寺の荘園資料、上皇法皇の命令書である院宣(いんぜん)、現在の辞令に当たる補任状(ぶにんじょう)、年中行事の関係資料、経典、などなど。

面白いものでは、世襲の執行職の譲り渡しを証明する万寿二年(1025)の「譲渡状」などが含まれているそうです。

世襲職だと認識していましたが、長い時代の中ではいろいろ事情があったんでしょうね。笑

東寺や国立博物館の特別展などで、逐次、出品展示されているようですが、大師絵伝などの貴重なもの、ぜひ見学させていただきたいものです。

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