ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【京都太秦・蛇塚古墳】石室の軸線を辿ってゆくと【嵯峨野・阿刀神社】

はじめに

京都 #太秦 #蛇塚古墳は上部の土が流れ露出した石室の方位が確認できる上、周囲の住宅の区画から、かつての前方後円墳の方位を見ることもできます。石室の軸線は北西の #阿刀神社 を指しています

目次

本文

前方後円墳・中心軸線の方位

例えば、前方後円墳では、とりあえず後円部中心と前方部底辺の中心を結ぶ中心軸線の方位で考えます。

なぜなら、この中心軸線は冬至(一年の始まり)や春分(稲作の始まり)秋分(実りの秋の合図)を基準にした太陽の軌道、また月の軌道を考慮して決められている可能性が高いことが統計的に示唆されるからです。

大仙古墳(仁徳天皇陵)の後円部と前方部を結ぶ中心軸線(右側)

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京都太秦・蛇塚古墳。阿刀神社を向く墓室の方位

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ただ蛇塚古墳(京都市右京区太秦面影町)を見学して、前方後円墳の中心軸線方位だけで考えても、十分ではないと考えるようになりました。

蛇塚古墳は、奈良県明日香村の石舞台古墳と同じく、古墳を覆っていた土が無くなり石室が地上に露わになっていて、石室の軸線方位を確認することができます。

なおかつ、かつての古墳のカタチが、周辺住宅地の区画にこん跡として残っており、前方後円墳の中心軸線についても、確認することができます。

蛇塚古墳。かつての前方後円墳のカタチ(方位)がこん跡として残っている

蛇塚古墳(ストリートビュー)。左写真の矢印方位が石室の軸線方位

蛇塚古墳・石室の軸線方位を辿ってゆくと・・・

蛇塚古墳石室の軸線は、北西の阿刀神社を向いている

弘法大師空海さんの母方家系、阿刀(あとう、あと)氏の祖先神を祀る阿刀神社を向いていました。

(前回記事より。阿刀氏は饒速日命(にぎはやひのみこと)の孫、味饒田命(うましにぎたのみこと)を祖とする物部氏の支族。また阿刀氏は石上(いそのかみ)氏と同祖。 )

阿刀神社は昭和30年代においても広い嵯峨野の田畑の中にポツンと鎮座していましたから、蛇塚古墳石室が阿刀神社を向いていると考えて間違いないでしょう。

嵯峨野 阿刀神社 新撰京都図絵(昭和34年)より

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蛇塚古墳は秦氏の首長クラスの古墳と考えられています。秦氏が阿刀神社を遥拝する理由とは。

このあたりが、今後、じっくり調べたいテーマです。

蛇塚古墳 石室から青空

仁徳天皇陵も石室の軸線方位が住吉大社の中心線を向いている可能性があります。

禁足地とは言え、それぐらいは確認できればいいのですがね。

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