ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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秦氏・考

【京都太秦・蛇塚古墳】石室の軸線を辿ってゆくと【嵯峨野・阿刀神社】

はじめに 京都 #太秦 #蛇塚古墳は上部の土が流れ露出した石室の方位が確認できる上、周囲の住宅の区画から、かつての前方後円墳の方位を見ることもできます。石室の軸線は北西の #阿刀神社 を指しています 目次 前方後円墳・中心軸線の方位 京都太秦・蛇塚古…

【天塚古墳②】京都太秦 市街化で消えた古墳と残った古墳【清水山古墳】

はじめに 明治・大正期まで #京都太秦 一帯は関西屈指の古墳群だった模様。戦後の高度経済成長期の市街化も相まって今では数多くの古墳が姿を消しました。#天塚古墳 が住宅街の中に残されているのは希少例といえます #清水山古墳 #千石荘公園 目次 残された…

【天塚古墳①】秦氏の首長一族を埋葬したと考えられる前方後円墳【お稲荷さんの信仰】

はじめに 嵯峨野・太秦(うずまさ)古墳群の中では蛇塚古墳に次ぐ全長70メートルの #前方後円墳 #天塚古墳(6世紀前半・古墳時代後期築造)築造年代や規模から太秦で栄えた #秦氏 一族の首長クラスの墳墓と考えられます #稲荷信仰 目次 天塚古墳(あまづか…

弘法大師の母方血脈と平安京での足跡【京都嵯峨野 阿刀神社(捕捉)】

はじめに 弘法大師 #空海さん の平安京での活躍の根源を考える時、母方 #阿刀氏 の動きは参考になります。先日紹介した嵯峨野 #阿刀神社 の由緒を補足。阿刀氏は #饒速日命(にぎはやひのみこと)の孫 #味饒田命(うましにぎたのみこと)を祖とする物部氏の…

【波切不動明王・石上布留社③】「イソノカミ」「フル」阿刀家が物部氏系であるこん跡

はじめに シリーズ3回目 #空海さん の母方 #阿刀家 が平安から明治までの千年以上世襲した #東寺執行。東寺の事務局といったイメージでしょうか。その本部あったのが阿刀家の氏神を祀る祭壇 #石上布留社 #フルの意味 目次 石上布留社(いそのかみふるしゃ)…

【波切不動明王・石上布留社②】やわらかな表情 弘法大師お地盤のお不動さん(0514追記、波切の由来)

はじめに 前回の続き #波切不動明王 京都市の案内板には「四国路、東寺、高野山などの霊地に参っても #弘法大師 のお地盤(おじば)であるここの #不動明王 に参らないと御利益が頂けない」と。優しい柔らかな表情が印象的 目次 浪切不動明王(なみきりふど…

【波切不動明王・石上布留社①】阿刀(あとう)氏について。現状わかっていること。まとめ

はじめに 東寺の北大門から数分、#波切不動明王(なみきりふどうみょうおう)#石上布留社(いそのかみふるしゃ)が並んでいます。さほど大きくない境域に #弘法大師 #空海さん の血脈を考える上で、たいへん重要な歴史が詰まっています #佐伯氏 #阿刀氏 目次…

【垂箕山古墳】京都最古の前方後円墳!?【宮内庁治定・仲野親王 高畠墓】

はじめに 墳丘長70メートル級。#垂箕山古墳(片平大塚山古墳)は #太秦 の代表的な #前方後円墳 のひとつ。宮内庁は桓武天皇の第十二皇子・仲野親王の陵墓と治定していますが、時代的にも考えにくい話です 目次 垂箕山古墳(片平大塚山古墳・仲野親王高畠…

【京都嵯峨野 阿刀神社】河内国から山城国に移住した阿刀氏の氏神【弘法大師の足跡】

はじめに 京都太秦(うずまさ)エリアの北西端、嵯峨野に近いところに #阿刀神社。神社名から #弘法大師(空海さん)を生んだ古代豪族 #阿刀氏 の山城国における氏神であった考えられます 目次 京都嵯峨野 阿刀神社(あとじんじゃ) 京都嵯峨 阿刀神社 御由…

【木島坐天照御魂神社(3)】三柱鳥居の「四方」の謎。「井上」の意味【下鴨神社】

はじめに 木島神社は嵯峨天皇(800年代、平安時代)の世に下鴨に遷座し #元糺 に。御神紋の #フタバアオイ や夏の土用の丑の日の神事がこん跡。さて三方正面の #三柱鳥居 には「四方」があるとされ「もう一方」を考えてみました 目次 二葉葵(ふたばあおい)…

【四天王寺】百年に一度 結縁綱の張られた聖霊会【聖徳太子 千四百年忌】

はじめに 4月22日は #聖徳太子 の御命日。令和四年の今年は #千四百年忌 にあたり #四天王寺 では大法要が行われます 目次 令和四年 四天王寺 聖霊会(しょうりょうえ) 天王寺楽所(てんのうじがくそ)による雅楽と舞楽 聖霊会の様子(百年に一度の結縁…

【蛇塚古墳】首長クラスの前方後円墳(石室見学。大蛇の腹から)【秦氏・考】

はじめに 京都・太秦(うずまさ)松竹映画撮影所の南、住宅街に #蛇塚古墳。京都府では最大の横穴式石室を持つ前方後円墳(7世紀ごろ。古墳時代後期末)当地で繁栄した #秦氏 の首長クラスの墳墓と考えられています 目次 蛇塚古墳(へびづかこふん) 石材は…

【木島坐天照御魂神社(2)】境内の白清稲荷と天塚古墳の白清大神

はじめに 太秦 #蚕の社 #白清稲荷 は洞窟のような稲荷の祠。直後に参拝した #天塚古墳 石室の #白清大神 とソックリ。繋がりはその夜に判明。偶然が次々と繋がってわかったお話 目次 木島神社境内 白清稲荷 白清稲荷(白清社) 天塚古墳(太秦古墳群のひとつ…

【木島坐天照御魂神社(1)】蚕養神社(蚕の社)、元糺の池の三柱鳥居

はじめに 京都 #木島坐天照御魂神社 通称 #蚕の社 が鎮座する #太秦 は雄略天皇の時代(古墳時代)呉国から渡来した #秦酒公 子孫 #秦氏 が発展した地。 #蚕養神社 #元糺の池 #三柱鳥居 #京都の三珍鳥居 目次 通称 嵐電(京福電気鉄道嵐山本線) 木島坐天照…

【雙ヶ岡(ならびがおか)】洛北・洛西を眺める名勝地【愛宕山に架かる虹】

はじめに 京都市北西、太秦(うずまさ)の北 #雙ヶ岡(ならびがおか、標高116m)。洛北洛西を眺める名勝地 #愛宕山 #仁和寺 #古墳群 目次 雙ヶ岡(ならびがおか) 雙ヶ岡の古墳群 雙ヶ岡からの眺め、愛宕山に懸かる虹 本文 雙ヶ岡(ならびがおか) 雙ヶ岡(…

【清明神社(3)】指先でセーマン手刀でドーマン【陰陽師の呪印】

はじめに 京都の #清明神社 三回目。境内には #陰陽師 の呪印。指先で星形を描く #五芒星 #セーマン(清明紋)、清明公のライバル #芦屋道満 が使ったという手刀で九字を切る #ドーマン。あざなえる縄のように太陽と月をあらわす #陰陽紋 目次 御母上は和泉…

【鵺池と鵺大明神(京都市上京区)】平安京の妖怪 鵺(ぬえ)退治 その後の顛末

はじめに 平安京 #鵺伝説(ぬえ) の二回目。前回の神明神社(下京区)に続き京都二条城北西 #鵺池 #鵺大明神(上京区)に参拝。ここで退治されたヌエの遺体は都を引きまわされた後 #うつほ舟 で大阪に流れ着きます 目次 二条公園(京都二条城の北西) 鵺池…

【神明神社(京都市下京区)】平安京のモンスター 鵺(ぬえ)退治 必勝祈願の社

はじめに ライオンの頭・ヤギの胴・ヘビの尾の #キメラ はギリシャ神話の怪物ですが、平安時代の平安京に、頭が猿・尾が蛇・手足が虎の #鵺(ぬえ)の伝説。退治の勅命を受け #源頼政 が必勝祈願した #神明神社。余談で #うつほ舟 目次 神明神社(京都市下京…

【半木神社(流木神社)】山城の森と水の景色『なからぎの森』に鎮座【京都府立植物園】

はじめに かつて #賀茂氏 と #秦氏 が拓いた山城 養蚕製糸 #錦部郷 の鎮守 #半木神社。今は #京都府立植物園 #なからぎの森 に鎮座。一帯には古代の森と水の景色が残されています #ハス が見ごろ #けやき並木 目次 京都府立植物園(京都市左京区下鴨半木町)…

【機物神社(1)】七夕 織姫のモデル 機織りの姫 二柱

はじめに 山頂に巨岩(観音岩)の #交野山 を遥拝する #機物神社。#交野ケ原 #天の川 伝承の #織姫 が御祭神。モデルは機織りの女神二柱。複雑な歴史を経て #七夕 のお祭りになったよう。今夏初めて #茅の輪 をくぐりました #おりひめちゃん 目次 七夕(おり…

【御幸森天神社】古代河内湖のほとり クニづくりの始まりの地

はじめに 古代河内湖のほとり #猪飼野津 といわれた低湿地に鎮座する #御幸森天神宮。入植した渡来の移民たちはここから広大な河内の国のクニづくりを始めたのかも知れません #仁徳天皇 目次 御幸森天神宮(大阪市生野区桃谷3丁目) 御幸森天神宮 境内 アラ…

【大社御祖神社】先代旧事本紀に書かれた御祭神親子を祀る高宮の式内二社【高宮神社】

はじめに 寝屋川市 #高宮 の丘(旧讃良郡高宮村)には式内社が二社。一帯からは縄文土器、古墳時代の須恵器、飛鳥時代の寺院跡など。古代河内を代表する集落と氏族の居住地が継続してあったところ #大社御祖神社 #高宮神社 目次 高宮廃寺跡・大社御祖神社 大…

【萱島神社】保存された大クスノキ 再興された社【京阪・萱島駅 駅ナカ】

はじめに 京阪電鉄 #萱島駅 "駅ナカの御神木。樹齢700年の #萱島の大クスノキ 駅高架工事に伴う伐採の危機を乗り越えてホームと屋根を突き抜けてスクスクと 駅の敷地に #萱嶋神社 も再興されました #寝屋川 #茨田堤 目次 京阪電鉄 萱島駅 駅ナカの御神木 萱…

【融通念佛宗総本山 大念佛寺】大阪・秦氏のこん跡を探して【クマタのハタさん】

はじめに 日本古代史 #秦氏。北九州~瀬戸内沿岸に足跡を残し、物部氏を滅ぼしてから(#秦河勝)次に登場するのが伏見や京都。なぜか大阪で足跡が途絶えます #良忍 #融通念佛宗 #大念佛寺 #藤原秦氏 #百万遍念仏 目次 杭全(クマタ)の(秦)ハタさん 大阪(…

【茨田氏】ひょうたんからコマ。ではなく、水の流れに漂うひょうたんの話【秦氏】

はじめに 堤根神社(宮野町)の御由緒 #浮かびのひょうたん(日本書紀・仁徳期)の伝承。水に浮かんだ瓢箪が流れて行きつく先は。頭を整理しながらですが、いろいろ繋がってゆきそうな予感 #秦氏 #茨田氏 #彦八井耳命 #ひょっこりひょうたん島 目次 彦八井耳…

【堤根神社(宮野町)】茨田堤の守り神 御神紋は浮かびのひょうたん

はじめに 大阪府門真(かどま)市に #堤根神社(式内社)が二社、本日紹介するのは宮野町の方。日本書紀・仁徳期 #浮かびのひょうたん 伝承が御由緒 境内に隣接する #茨田堤 の史跡遺構 #門真えびす 目次 堤根神社(宮野町)門真えびす 史跡 茨田堤 浮かびひ…

【仁徳天皇の治水】茨田堤 難波の堀江【秦氏・考】

はじめに 古墳時代中期の #仁徳天皇期。淀川と大和川から流れ込む大量の水を制御するため全長20キロに及ぶ #茨田堤 の水路を造り #難波の堀江 を開削し広大な大阪平野(河内国)を創出しました。謎の #秦氏の姿も見え隠れします 目次 茨田堤(まんだのつつみ…

秦氏の長 聖徳太子の側近 能楽の祖 秦河勝 大明神となった 坂越・大避神社 沖の生島に墓所【風姿花伝】

大避神社沖の生島(いきしま)に秦河勝公の墓所 歴史上、秦河勝(はたのかわかつ、560ごろ~647年)は何度か登場するが、丁未(ていび)の乱(587年)で聖徳太子を補佐し、物部守屋(物部氏)を滅ぼしたことが最大のトピック、河勝が30前の話とい…

秦氏(はたうじ)の勉強に赤穂市立有年(うね)考古館(入館無料)に行ってきました

謎の氏族 秦氏 赤穂市立有年考古館 2019年9月11日~12月2日 中学生の時、当時天王寺公園にあった市立図書館で一目ぼれしたのが秦(はた)さん。クラスが一組と七組で離れていて三年生の夏休みの図書館で知った。今ごろどうしてるかな~ 同級生の彼女は学年で…

京都 祇園祭の歩き方 シルクロードの極東から、古代の国際感覚を想う

京都祇園 八坂神社のお祭り 祇園祭は貞観11年(869)に始まり、以来、千百年五十年続く八坂神社のお祭り。 「貞観」と云えば、東日本大震災で知られるようになった貞観地震(じょうがんじしん)が869年7月。 列島を襲った巨大災害が契機になったと想像でき、…