ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

あじさいの古寺・矢田寺。古い太鼓橋の先に(境内遺構)

今週のお題「わたしの好きな色」

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お地蔵さん信仰発祥のお寺のひとつだそうだ。この季節は色とりどり、花の衣を纏う

関西ではこの週末、あじさいがピークを過ぎる頃。

梅雨入りがまだなのに花の盛りを過ぎるというのも異例で、令和の天気は予測不能

30℃を越える猛暑の中、奥さん希望の矢田寺(奈良県大和郡山市)に行った。

境内で面白いものを見つけたのでその報告を後半に。

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紫陽花が彩る境内地図。本堂前から夏の青空

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カラフルな手水舎。沙羅(夏椿)の白い花

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泰山木(たいざんぼく)はモクレン科。直径20センチ以上の白い花弁からは柑橘系の香り

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本堂裏の山道を少し散策。青いもみじの葉と緑の竹林が涼しげ

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参道の休憩所で。直径20センチの黄色いまっか。関西ではマクワウリのことをまっかと言う。ほんのり甘いメロンの味

なぜかお寺の境内に太鼓橋(天の浮き橋)飛鳥~奈良時代を感じさせる境内遺構

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地図では気がつかなかったが、何と境内に太鼓橋!

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橋の左右の池にはそれぞれ浮島の社。つまり自分が立っている所は辺津だ。日本庭園ではない。テンションが上がる

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太鼓橋の向こう側がシマ。橋に相対する社に御神体が居られることになるのだが

残念ながら堂内撮影禁止のため報告だけ。

地図にある「閻魔堂」そして「大師堂」がその場所になる。写真では人だかりのある所。

閻魔堂の中に高さ二メートル程の大きな黒い閻魔大王さん(木像)が居た。

*****

矢田寺は、大海人皇子(おおあまのおうじ)が戦勝祈願(白村江の戦い)のために山に登り、後、天武天皇として即位後(飛鳥時代の680年頃)に開かれた。

「神仏混沌」の飛鳥時代の終わり頃、奈良時代に向けて新しい国体護持思想としての大乗仏教が発展しつつあった。

第三の女帝・持統天皇の時代(推古天皇→皇極・斎明天皇→)

神道物部氏が居なくなって後、混沌の最中「巫女」で在り続けた母・斎明女帝の頃に比べて、神様の扱いが大きく変わってしまった。

山腹の社があった所に矢田寺が建てられたのだろう。

たまたま訪れたお寺での発見なので、このようなケースは他にもありそうだ。

現存する太鼓橋がいつ頃のものかはわからないが、すべて消し去らず、浮島の様式や神社の配置を残している意味、閻魔さまの前にどなたが鎮座していたのか考えていた。

なにしろ閻魔大王。仏教が説く地獄のエースだ。よほど強力な神が居たのだろう。

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