ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【原子爆弾・爆心地から2km圏】広島東照宮、鶴羽根神社、饒津神社【今も残る被爆のこん跡】

前回記事

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正月は義母が住む広島市内、二葉山の麓の実家で過ごしている。

広島駅に近いこのあたりは、原爆の爆心地から約二キロメートルの近さで、山の麓の寺社はことごとく被災している。

晦日の用事が済んだ後、元旦前日で人気の少ない広島東照宮、鶴羽根神社、饒津神社。今も残され、伝えられる「被爆のこん跡」を巡った。

爆心地からの距離は、東照宮(地図・指差し右)2,300m、鶴羽根神社(同・中)、饒津神社(同・左)各1,800m。

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左下・川向こうが爆心地。指差し右から広島東照宮、鶴羽根神社、饒津神社

広島東照宮

創建1648年、主祭神東照大権現徳川家康公)

原子爆弾投下の際、本殿・拝殿は焼失したものの、境内には全壊を免れた被爆建物も残る。

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広島東照宮

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広島東照宮

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被爆した礎石

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被爆後に発芽した赤松

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令和二年 元旦

鶴羽根神社

創建は1200年頃。御祭神は八幡三神。品陀和気命(第十五代)応神天皇、息長帯日売命(第十四代皇后)神功皇后帯中津日子命(第十四代仲哀天皇

原爆投下で全焼は免れたが、ほとんどの建物が倒壊。

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鶴羽根神社

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被爆建物 手水舎

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令和二年 元旦

饒津神社にぎつじんじや)

創建は1835年。主祭神広島藩主・浅野家代々

原爆による被害は甚大で、境内建物は倒壊後、全焼。礎石と石燈籠と僅かに松を残すのみだったそうだ。

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饒津神社

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饒津神社 被爆直後の様子

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向唐門 被爆後は礎石を残すのみだった

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饒津神社 被爆した松の説明

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被爆した松に残されたこん跡

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被爆直後の饒津神社

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