はじめに
大阪府高槻市の #今城塚古墳 墳丘長181m、濠を含む全長354mの #前方後円墳。六世紀前半の築造、畿内と北陸・琵琶湖を繋ぐ淀川北岸の #三島平野 、豪華な副葬品や埴輪から王墓、第26代 #継体天皇 古墳説が定説化。濠にも墳丘にも出入り自由の体感古墳
目次
本文
宮内庁は、近くの太田茶臼山古墳(全長320メートル、大阪府茨木市太田)を継体天皇墓に治定(じじょう)していますが、こちらは五世紀の前方後円墳で、継体期には早すぎることがわかっています。
今城塚古墳は、宮内庁の管理から外れた古墳であるおかげ(笑)で、歴史的価値が高いにもかかわらず、一般人が出入り自由で、前方後円墳の姿形を間近に体感できる貴重な史跡です。
史跡 今城塚古墳(前方後円墳) 案内板では、右の方が南、向こう側が北になります。
右の写真には、古墳のくびれのところ、四角く飛び出したところが南造出(みなみつくりだし)。造出の土盛の台上は、儀式の場として紹介されています。
今城塚古墳は、古墳の濠(ほり)、墳丘の中も自由散策路になっています。
南造出を後円部の散策路(東)から撮影。形がよくわかりますね。
古墳から近くの今城塚古代歴史館に展示されている百分の一模型です。上からの流れでわかりやすいように横に倒しました。
後部部をぐるっとまわって上の方(北側)にゆきます。
埴輪まつりのステージ
埴輪まつりのステージは観光用展示ではなく、出土状況に基づく再現(復元)です。
古墳時代の埴輪、宮殿のスタイル、人々の様子を考えるのに貴重な史跡となっています。
全長65メートルの張り出しに200体以上の埴輪が並べられています。1区~4区。
説明;現在の大阪府高槻市~茨木市一帯、縄文から稲作弥生が連続する #三島文化圏 #安満遺跡はその中心。 #玉作のこん跡 糸島の #平原遺跡のような #方形周溝墓 も #三島溝樴姫 #太陽祭祀の東遷