ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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近世・江戸期に盛んだった古代大阪のイメージ『浪華古図』の世界

以前紹介した鵲森宮(かささぎもりのみや、森之宮神社)の宮司さんに見せていただいた古地図。

いろいろ調べていて、浪速(浪華、難波)古地図についてわかったことを、整理がてらに書いておこうと思う。

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先日、見せていただいたものと、よく似た古地図を、新聞で紹介されているのを見た。

左がその記事で紹介されていた古地図(大阪天満宮所蔵)、右が鵲森宮で見せていただいた地図。

大阪天満宮が所蔵する地図は『承徳二年(1098年)に作成された大阪湾の地図を明治41年に模写した浪華古図』という注釈がついていた。(天満宮は大阪・夏の天神祭、天神さんで有名)

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左)大阪天満宮所蔵地図、右)鵲森宮の古地図

どちらも『承徳二年(1098年)』

原図があって模写し、当時の現在地名などを根拠に、それぞれに古代の姿を考察・想像して、神社名・地名を書き込んだのだろう。

浪速古図、分類研究

江戸期には、江戸や大阪で古代日本の研究が盛んになり、大阪ではさまざまな時代のさまざまな地図が作成されたという。

中でも「古代浪花の神社や遺構の(推定)場所」が描かれた古地図は「推定・考証図」というカテゴリーにくくられ、現在でも百点以上が残されているという。

鵲森宮で見せていただいた地図もそのひとつで、町の研究家たちが、喧々諤々しながらマジメに描いた地図を、古代妄想の私としては「贋作、がんさく」「偽作」と決めつけることはできない。

リンク先の学術資料(上杉和央さん、京都大学、現・京都府立大学教授)では、現存する百点以上の浪速古図を分析し、いくつかのタイプに分類しているが【承徳二年(1098年)の年号が付されている】ものは「B-6」に分類される。

【参考資料】 近世における浪速古図の作成と受容

上杉さんが検討した116点中、B-6タイプは20点以上にのぼる。

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『近世における浪速古図の作成と受容』より

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古地図の比較

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