ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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関西の希望の星 流星の貴公子 テンポイントの思い出

引越前、断捨離中の押入れの中から、懐かしい競馬の写真が出て来た。

中でも、ハナから額に通る一本の流星、伝説の競走馬、テンポイントのものが多かった。

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1977. 4.29 第75回 天皇賞(春)勝馬テンポイント

大学生の2年間、中央競馬の決勝審判部・写真判定室というところのアルバイトで雇われていて、

毎週土・日、京都(淀)または阪神(仁川)で開催される競馬の、各レースの勝ち負け順位を判定する写真撮影の補助をしていた。

全馬がゴールに駆け込んでくる様子を『スリット写真機』という特殊なカメラで撮影し1分以内にフィルムに仕上げて、審判員に渡すのだ。

写真機(暗箱)の中、1ミリほどのスリットの前を、馬のスピード(約100メートル先を約60キロで通り過ぎる)に合わせてフィルムを動かし現像すると、紹介するような写真になる(シャッターの代わりになるのがスリット)

で、審判員は、馬の鼻面が通った順番に「ハナ差」「クビ差」「1/2馬身差」などと判定して、電光掲示板で観客に知らせる。

1枚目の写真に「52ー3-京-3-9」とあるのは表示板。ゴール向こう正面の鏡の下でクルクル回っていて肉眼では見えないが、スリット写真にはひとつひとつの文字が写っている。昭和52年、京都競馬場、第3回、3日目、第9レースという意味。

本当はこういう写真を個人ブログでアップするのはイカンことでしょうが、なにせ昭和51~52年(1976~77年)の古い話、今は上記のようなシステムで撮影していないだろうし「時効」と考えてアップさせていただいた。

*****

アルバイトで競馬場に通っていた頃は、テンポイントトウショウボーイグリーングラス、同世代・3強の時代で、

当時弱かった関西馬の中で、テンポイントがただ一頭、トウショウボーイグリーングラスに闘いを挑む姿は、関西の競馬ファンを熱くさせていた。

なお、当時、新馬(デヴュー馬)は3才カウント。なので、さつき賞・日本ダービー菊花賞は3才牡馬(オス)のレース。まとめてクラシックという。

天皇賞(春は京都の長距離、秋は東京府中の中距離)、

宝塚記念阪神)、有馬記念(東京)は、古馬も参戦するオールスター戦。

3才(1976)の春、テンポイントは、さつき賞がトウショウボーイの2着(ハナ差)、日本ダービーは騎手がいつもの鹿戸から武邦彦に変わった影響で7着に沈んだ(トウショウボーイは2着)。なお武邦彦武豊武幸四郎のお父さん。

しかし3才秋からメキメキと力を発揮し、年上の古馬を相手に善戦を続ける。

1976.10.17 第11回 京都大賞典 阪神競馬場 芝2400メートル 晴 良

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第11回 京都大賞典 3着 7番 テンポイント

1着 14番 パッシングベンチャ 牡3 53 飯田明弘 2:27.3

2着 12番 ヒダロマン 牝4 53 武田悟 3/4身

☆3着 7番 テンポイント 牡3 54 鹿戸明 アタマ

1976.11.14 第37回 菊花賞 京都競馬場 芝3000メートル 曇 重

やはり夏場から実力を発揮しだした伏兵グリーングラスが、菊花賞で、テンポイントトウショウボーイを押さえて優勝。

この時から3つ巴の闘いがはじまる。

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第37回 菊花賞 1着11番グリーングラス 2着13番テンポイント 3着7番トウショウボーイ

☆1着 11番 グリーングラス 牡3 57 安田富男3:09.9

☆2着 13番 テンポイント 牡3 57 鹿戸明 2・1/2身

☆3着 7番 トウショウボーイ 牡3 57 福永洋一 2・1/2身

1977. 2.13 第63回 京都記念(春)京都競馬場 芝2400メートル 晴 重

1977年はテンポイントの年。春から重賞で勝ち続けた。

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第63回 京都記念(春)1着テンポイント

☆1着 2番 テンポイント 牡4 59㎏ 鹿戸明 2:27.2 \(´O`)/

2着 1番 ホシバージ 牡5才 54kg 岩元市三 クビ

1977. 4.29 第75回 天皇賞(春)京都競馬場 芝3200メートル 曇 稍重

ついに天皇賞で優勝。

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第75回 天皇賞(春)1着 10番 テンポイント

☆1着 10番 テンポイント 牡4 58 鹿戸明3:21.7 ヽ(*゚▽゚)ノ

☆2着 8番 クラウンピラード 牡4 58 佐々木昭次 3/4身

☆3着 13番 ホクトボーイ 牡4 58 久保敏文1身

☆4着 2番 グリーングラス 牡4 58 安田富男ハナ

1977. 6. 5 第18回 宝塚記念 阪神競馬場 芝2200メートル 晴 良

春のオールスター、宝塚記念では、トウショウボーイに敗れたものの、

☆1着 2番 トウショウボーイ 牡4 55 武邦彦 2:13.0

☆2着 3番 テンポイント 牡4 55 鹿戸明 3/4身 o(*>д<)o

☆3着 6番 グリーングラス 牡4 55 安田富男4身

1977.12.18 第22回 有馬記念(グランプリ) 中山競馬場 芝2500メートル 晴 良

秋のオールスター有馬記念では3つ巴を制し、前年の優勝馬トウショウボーイについにリベンジを果たし、1977年の年間最優秀馬として有終の美を飾った。

1着 3番 テンポイント 牡4 56kg 鹿戸明 2:35.8 \(;▽;)/

2着 1番 トウショウボーイ 牡4 56kg 武邦彦 3/4身

3着 6番 グリーングラス 牡4 56kg 嶋田功 1/2身

あの悲しい事故

国内敵無しとなったテンポイントは翌春、フランスの凱旋門賞など海外遠征に出ることにした。日本競馬界で初めてのことだ。

国内での雄姿を観たいという競馬ファンの期待にこたえる形で、1月22日、日経新春杯を勝って花道にするべく出走したが、あのいたましい事故が起きる。

アルバイトだった私も見ていたが、京都競馬場・中距離2400メートルの向こう正面過ぎ、突然、テンポイントは競争を中止する。

今の競馬ファンには信じられないかも知れないが、斤量(騎手重量)66.5kgという超ハンデを背負い、湿度の高い淀川そば、雪の日の荒れて凍結したコース内側を走っていて、脚を滑らせた。

競走馬としては致命傷といえる開放骨折だった。

通常はその場で安楽死の処置がとられるケガだったが、さすがに日本中央競馬会(JRA)も躊躇した。

ファンからの要望が殺到し、ボルトを入れる外科手術を経て、約2ケ月の闘病生活に入ったが、残念ながらやはり3本脚で生き延びることはできなかった。

3本の各脚に重量がかかり続けるとガラスのように細いサラブレッドの脚は炎症を起こし、ついに立っていられなくなる。それで横になると薄い皮膚から菌が入って敗血症を起こす。そうなると、助ける手立てがなくなる。

毎日、スポーツ新聞で経過のニュースを見ながら奇蹟を祈ったが、所詮、人間の浅はかな願い。

アルバイトをやめた後、30を過ぎてから競馬を始めてみたが、テンポイントのことがあり、馬にまで入り込めず、結局長続きしなかった。

押入れに眠っていた写真がでてきて、思い出として吐き出してみた。

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ja.wikipedia.org