ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【石座神社】久しぶり、朝の光の中 お詣り【立砂】

はじめに

平安時代、京都・岩倉一帯の産土神・石座(いわくら)明神を祀っていた元社(山住神社)を勧請し創建された #石座神社。十二神が御祭神。境内に #立砂。大蛇をあらわす神様の依り代と云われています

目次

本文

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石座神社(いわくらじんじゃ、京都市左京区岩倉上蔵町)

石座神社(いわくらじんじゃ、京都市左京区岩倉上蔵町)

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石座神社

御祭神:【東殿】八所明神(石座、新羅、八幡、山王、春日、住吉、松尾、賀茂)【西殿】十二所明神(東殿の八所明神に加えて、伊勢、平野、貴船、稲荷)

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石座神社 由緒碑

由緒碑、文字起こし)当社はもと山住神社に祀られていた岩倉の産土神(うぶすなのかみ)・石座明神を、天禄二年(971年)円融院帝御願所大雲寺建立の節、鎮守社として勧請されたのが始まりである。長徳三年(957年)四月十八日神託により高徳明神七所を勧請し八所明神と号する。後、処々より影向の霊験あり、之を加えて西社に十二所明神を祀る。以来、鎮守社は連綿一千余年、岩倉の産土神として尊崇されてきた。天文十五年(1547)兵火に羅い、社殿焼失、同二十二年再興される。現社殿は天正二十年(1592)三月造営、明和三年(1766)改造営されたもので、階前懝宝珠(ぎぼしゅ)に天正二十年の年号が銘刻されている。また石燈籠にも慶長十九年(1615)の銘が刻まれている。例祭は十月二十三日未明、暗闇の松明(たいまつ)神事から始まる。神楽殿(拝殿)の神輿(みこし)二基見そなわし給う中、神前の燈火を雌雄の大蛇になぞらえ 大松明に点ずれば、中天まで燃えさかる豪壮な火祭りとなる。大松明が燃え尽きた夜明け、神輿が氏子各町を巡り、御旅所(山住神社)に向かう。この 松明神事京都市無形文化財に指定されている

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石座神社 狛犬

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石座神社 拝殿

本殿は北に鎮座(こちらに南面)しているので左が西殿、右が東殿となります。

ちょうど朝の日が上がっている時間帯のお詣りで、久しぶりの朝の光が東から差しています。

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石座神社 本殿 東殿と西殿

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石座神社 左)西末社 右)東末社

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石座神社 左)西末社 右)東末社

数日続いた大雨で一部崩れていますが、本殿前に 立砂(たてずな)が盛られています。

上賀茂神社賀茂別雷神社)細殿前の立砂が有名ですが、神様が降臨する神籬(ひもろぎ、神様が降臨するヨリシロ)です。

降ってきた神様と感応するという意味で、木の枝が立てられています。

立砂の「タテ」は「辰」「龍」、つまり、トグロを巻いた「大蛇」をあらわすともされています。

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石座神社 立砂

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日差しは恋しいのですが、暑いです。

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石座神社 境内

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石座神社 拝殿を見下ろす

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【2020年12月~2021年5月、連載】

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