もう◯十年前の話で学生時代、大阪の朝日放送というところでアルバイトをしていた。 報道フィルム(16mm)を切ったり貼ったりしてニュースで流す部門の作業補助をしていた。 今はデジタルビデオなので、その前(アナログビデオ)の前の時代のことである。
昭和54年の冬、昭和天皇が明日香村の甘樫丘(あまかしのおか)を訪問された。
世にいう昭和の国見。
そのニュースを流すのに、編集を手伝ったのでよく覚えている。
なぜよく覚えているかというと、天皇陛下がおわらいになったのだ。それも大笑いに近い。戦後昭和生まれの私でもびっくりした。(ちなみに団塊の世代は私より上の年代。多勢に無勢の世代だ。笑)
笑わせたのが、犬養孝(いぬかいたかし)先生。
万葉歌の研究では当時、第一人者でありながら、偉そうな風もなく、多くの人に愛された。 ご自身を万葉人の依代(よりしろ)にして万葉歌を発掘するスタイル。 朗々と節を付けて謳い上げ、敗戦後の日本人を勇気づけることが、それを始めた理由。
パネルで知ったが、先生は台湾で教師をしていて、学生たちに君たちも自分達の万葉歌をつくりなさいとすすめて、台湾万葉集が創られたという。
学生さんのひとりに李登輝(りとうき)元台湾総統もおられたそうだ。
昭和天皇陛下の笑顔と先生の話ぶりが懐かしいシーンがあったので撮影させていただいた。