ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

【出羽三山の信仰(1)】月山・湯殿山・羽黒山【修験と信仰の八方七口】

まとめ

出羽の国 #月山 #湯殿山 は信仰の中心として仰がれ #羽黒山 とともに #出羽三山神仏習合修験道場として拓かれました。聖地への入山口は #八方七口 と云われ、それぞれに宿坊が置かれ発展しました

目次

本文

出羽三山と能除大師(蜂子皇子)

山形県は西(日本海)側に庄内平野、東側に北から新庄・山形・米沢の3つの盆地が南北に連なっています。

県中央部に月山(標高1,984m)があり、湯殿山羽黒山をつなぐ高地が飛鳥時代以降、出羽三山の修験場として拓かれてきました。

開祖は、第32代崇峻大王の蜂子皇子(はちこおうじ)です。

お父上が飛鳥で暗殺され、命を狙われましたが、いとこの聖徳太子の助けで海路・能登佐渡から出羽地方(由良の浦)に逃がれ、以降、長命な生涯(80~100近く?)を終えるまで、庄内を拓き、能除大師(のうじょだいし)として出羽三山の信仰を広めました。

飛鳥の都の雅(みやび)な皇子の顔ではなく、人生を修験の道にかけた異形の相として描かれています。

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蜂子皇子こと能除大師(のうじょだいし)御開山一四〇〇年祭ポスターより

出羽三山と八方七口(はっぽうななくち)

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出羽三山(羽黒・湯殿山・月山)修験場 八方七口

地図のとおり、出羽三山信仰の本体となる月山(+湯殿山)を目指すルートは、庄内平野、山形盆地(西川町)の八方から、七口(七つの入山口、緑色のマーク、羽黒山を含める)あります。

南側は、岩根沢三山神社、口之宮湯殿山神社(本道寺口)、大井沢湯殿山神社の3ルート、

北側は、羽黒山神社(黒色マーク)、(東の)肘折、(西の)湯殿山注連寺、湯殿山総本寺瀧水寺大日坊の4ルート。

今回の山形行きでは山形盆地(山形空港、JAL)*1から入り、岩根沢三山神社、口之宮湯殿山神社の2社にお詣りできました。

湯殿山の石碑と扁額

今回の道行きで、いくつも目にしたのが「湯殿山」と書かれた石碑や扁額。

湯殿山御神体の山(岩?)として信仰されてきたそうです。

もともと月山よりもふるい時代の信仰のカタチがあり、それが蜂子皇子(飛鳥時代)から始まった月山信仰と混ざり合い、神仏習合出羽三山信仰へと発展したのではないかと考えています。

まだ詳しく調べていませんので、よくわかりませんが、写真で撮ったものを紹介しておきます。

ネットで調べてみますと、山形市だけでも石碑が291基もあるそうです。

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諏訪神社尾花沢市

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天童市 舞鶴山 喜太郎稲荷神社前

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西川町志津 五色沼

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口之宮湯殿山神社

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岩根沢三山神社

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岩根沢三山神社 山門の姥神様

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右から月山、姥ヶ岳、湯殿山

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*1:庄内空港はANA