ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【お岩木さまの麓 厳鬼山神社】十腰内(とこしない)の鬼伝説

はじめに

岩木山三峰の北側が #厳鬼山。その麓一帯の十腰内(とこしない)の #厳鬼山神社 に参拝。一風変わった地名は #鬼伝説 に由来するそうです。神社の近くに #猪型土製品 の出土で知られる #十腰内遺跡。遮光器土偶とほぼ同じ時代、装飾的文様から #亀ケ岡・十腰内文化 と総称されることもあります

目次

本文

津軽富士」と形容される岩木山は円錐形の山容で、古い時代に山頂周囲が陥没して外輪山を形成したことから、弘前市街からは右に厳鬼山(がんきざん)、中央に岩木山(いわきやま)、左に鳥海山(ちょうかいざん)の三峰を眺めることになります。

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厳鬼山神社

御祭神:大山祇神(おおやまつみのかみ)

地図では、岩木山の北(厳鬼山側)の麓一帯が十腰内(とこしない)。その丘陵に厳鬼山神社が鎮座しています(10月13日参拝)

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厳鬼山神社(弘前市十腰内猿沢78-7)

元は巌鬼山西方寺観音院として延暦十五年(796年)に建立されたことに始まり、延暦十九年(800年)に坂上田村麻呂蝦夷地平定を祈願して再建(下居宮)したと伝えられます。

建立から再建までの期間が、えらく短いですね。

岩木山の山頂に鎮座する奥宮に対しての「下居宮」という意味らしく、創建のころは、ここが岩木山の遥拝地、登拝の出発点だったようです(ゆえに御祭神が大山祇神であると考えることもできます。)

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厳鬼山神社

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厳鬼山神社

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厳鬼山神社 林の隙間から差し込む西日で、馬像に木の葉の影が映し出されています

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厳鬼山神社 狛犬

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厳鬼山神社

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境内の大杉(樹齢千年以上の県天然記念物)

厳鬼山神社 拝殿内

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厳鬼山神社 拝殿

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厳鬼山神社 拝殿

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厳鬼山神社 拝殿

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厳鬼山神社 拝殿

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厳鬼山神社 本殿

亀ケ岡・十腰内文化という考え方

岩木山の北側の麓一帯は、縄文時代から人が住み続けて来たところで、厳鬼山神社からほど近い十腰内遺跡で出土した「猪型土製品」が有名です(猪型土製品の画像は弘前市HPより)

その装飾的文様から、シャコちゃん(遮光器土偶)の亀ヶ岡遺跡との関連性も考えられ、「亀ヶ岡・十腰内文化」という考え方もあります。

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右)十腰内遺跡出土猪型土製品(弘前市立博物館)

十腰内の鬼伝説

十腰内という地名は、一帯に多い鬼伝説のひとつに由来すると伝えられています(一帯の鬼伝説は、古代製鉄との関連で考察されることも多いです。)

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厳鬼山神社(拝殿内)

ある村に、刀打ちで評判の鍛冶屋がいた。鍛冶屋には、器量よしで評判の娘がいたが、跡継ぎがいなかった。若い男たちが押しかけるものの、鍛冶屋は『一晩に十本の刀を打つ技量の男でなければ婿にふさわしくない』と。しかし適う者がいるはずもなく、いつしか娘の嫁の話も途絶えた。

そんなある日、見かけないひょろりとした若い男が『十本の刀を一晩で打つ』と言って、娘を欲しいと申し出てきた。鍛冶屋は疑うものの、とりあえず刀を打たせてみることにした。男はひとつ条件を出す。『誰かにのぞかれると集中できないので、けっして一夜の間、鍛冶場をのぞかないでくれ』と。鍛冶屋も、刀を打つときには、誰にもジャマされたくないので、その申し出はもっともだとむしろ感心し、絶対にのぞかないと約束した。

そして男が鍛冶場の小屋に入ると、中からトンテンカンと地金を打つ音、ゴウ~ゴウ~という鞴(ふいご)の音が鳴り出した。

一方、娘は見ず知らずの男の嫁になるのは嫌だったので、そ~っと小屋の影から、男の姿をのぞいてみた(不審に思った鍛冶屋がのぞいたという話もあり)するとなんと、その男は恐ろしい鬼だった。体を真っ赤にして口から炎を吹き出し刀の地金を打っていた。みるみる刀が打ち上がって行く。『このままではあの恐ろしい鬼のところに嫁に行かねばならない。何とかせねば。』と、娘はうろたえながらも鬼の仕事を見張っていた。

東の空が白み始めたころ、鬼は十本の刀を打ち上げた。さすがの鬼も疲れて『日がのぼるまでに少し時間がある、、、少し寝るか』とつぶやき、いびきをかいて眠ってしまった。娘はここぞばかり、一振りの刀を鍛冶場から盗み出し、家の納戸に隠してしまった。

そうとは知らぬまま朝、鬼は再びひょろりとした男に化けてあらわれ『十刀をこしらえました。見てください』と鍛冶屋に差し出す。

鍛冶屋はできあがった刀を『一腰(ひとこし)、二腰(ふたこし)・・・』と数え始める。しかし九腰まで数えると、十腰目が無い。何度数えても同じ。

若者に化けた鬼は『十腰無い!』『十腰無い!』と叫びながら(厳鬼)山のほうに駆けていった。とさ。

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