ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

津軽に横たわる大蛇と霊山に描かれた北斗七星のお話

津軽の伝承の中から、壮大な #津軽の大蛇 のお話。もうひとつ、津軽の霊山として中世〜近世に多様な信仰のメッカとなった #梵珠山 (ぼんじゅさん)を中心に描かれた #梵珠北斗七星 と #安倍晴明 の伝説

目次

本文

津軽の三権現(陸奥の伝説より)

青森市内の古本屋さんで見つけた民俗伝承本(陸奥の伝説、森山泰太郎 編著)の中からひとつ。

津軽創世紀ともいうべき壮大なお話。

津軽半島の大蛇(地図中の◯エリアは後述する梵珠北斗七星エリア)

大むかし、この国に住む大蛇が、津軽から遠く大陸に渡ろうとして、海上の波が静まるのを待った。しかし、荒波がおさまらず、十年、百年を待つうちに大蛇がとうとう息絶えて、石のように固い山脈のうねりに化してしまった。これが今の梵珠山脈だという。すなわち、大陸を望んでいる大蛇の頭部はいまの津軽半島権現崎で、ここに尾崎権現を祀る。また胴の小高い所が梵珠山で中山権現を祀り、尻尾にあたる尾林には尾林権現を祀っている。これを津軽の三権現という(陸奥の伝説/135-136ページ)

権現崎 靄山山頂から 大蛇の頭

左写真の右側の高いところが梵珠山(ぼんじゅさん)です。

梵珠山脈(中山山脈)津軽平野五所川原市から 大蛇の胴と尻尾

一方、右写真のように、大蛇のシッポは梵珠山から南になだらかに下ってゆきます。

(シッポの「尾林」は現在の青森市浪岡大字女鹿沢平野あたりと推定されているようです)

頭、胴体、シッポ…移動しながら眺めていると、たしかに大蛇に見えてきました。

松倉神社・奥宮 大蛇の背にあたる中山大権現(岩塊上に三祠)

霊山・梵珠山に描かれた北斗七星

梵珠山(標高468М)一帯は、かつては津軽の霊山のひとつとされ、中世には、古神道・仏教・密教修験道陰陽道霊場が立ち並び、津軽三千坊とも表現されました。

(戦国時代に焼失したものの、近世江戸期には津軽三権現のひとつとして再び賑わいます。江戸期の賑わいも今はなく、現在は地元の人たちの軽登山の人気コースです。)

例えば、平安時代陰陽師安倍晴明が梵珠山に法乗寺を建立したという伝説とともに、

一帯には北斗七星を描くように霊場が配列されたと云われています(地図中(旧)表記は現存しない寺社)

ちなみに梵珠山の法乗寺建立は、安倍晴明の日本最北伝説です。

津軽・梵珠山一帯の北斗七星(梵珠北斗七星マップを下敷きに開物作成)

マップは、松倉神社への参道となる林道の御朱印所で掲示されていた「梵珠北斗七星マップ」をベースに、開物が作成しました。

梵珠北斗七星マップ

松倉神社 御朱印所(この道を北に4キロ進むと松倉神社入口)

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