ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【三五郎稲荷】三五繋がりでケツネにつままれた話【直木三十五】

はじめに

津軽 #高山稲荷神社。播州赤穂浅野家、#忠臣蔵四十七士 唯一人の生き残り #寺坂三五郎 が藩お取り潰しの際、城内のお稲荷さんを勘請したのが始まり。遠く離れた大阪天王寺 #吉祥寺 に似た話。また #三五郎稲荷 の名に記憶、しかし思い出せず気になっていました #直木三十五 #けつねうどん

目次

本文

津軽・高山稲荷神社 境内 寺坂三五郎ゆかりの三五郎稲荷社

津軽の方言でキツネのことを「三五郎」と言うらしく、ただ、それは高山稲荷が由来かも知れません。

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高山稲荷神社 境内 三五郎稲荷

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地元・大阪市内、赤穂浅野家の菩提寺の吉祥寺(大阪市天王寺区六万体町)には「寺坂吉右衛門(信行)が四十七士の遺髪、遺爪、鎖かたびらに銀十両を添えて建碑を依頼した」という、高山稲荷神社とよく似た話があります。

ただし、こちらは寺坂吉右衛門津軽は寺坂三五郎。

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吉祥寺 四十七士の石像

寺坂が津軽で三五郎(キツネ)に化けたのか。

調べていて、直木三十五(なおきさんじゅうご)が「寺坂吉右衛門の逃亡」というショートストーリーを書いていたことを知ります。(グーグル「寺坂吉右衛門の逃亡」検索で読めます。)

直木は大阪市谷町六丁目出身(旧・南区内安堂寺町二丁目)の人で、直木賞の名で知られる小説家。脚本家としてよく知られました。(谷六の駅から吉祥寺最寄りの四天王寺前夕陽ヶ丘駅まで、地下鉄谷町線で二駅)

Wiki参考)31才の時に直木三十一の名でデビュー、以降誕生日を迎えるごとに「三十二」「三十三」と名前を変えていたらしく、それが「三十五」で終わった理由は諸説。

キツネにつままれたような話 ですが、歴史の調べ物をしていると、こういう奇遇に出くわすことがあります。

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元旦にたまたま去年の正月の記事を読んでいて「サンゴロウ稲荷」を書いていたことが目にとまる。

広島市内・金光稲荷神社 境内 三狐呂稲荷社

奥さんの実家(広島市)の近くに、金光(きんこう)稲荷神社があり、その境内社のひとつに 三狐呂(さんごろう)稲荷社

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三狐呂(さんごろう)稲荷社 そばに家康公の家訓

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金光稲荷神社は、徳川家康公ゆかり広島東照宮の奥宮のような位置にあります。

芸州広島藩は浅野家で、二代目藩主の浅野光晟の母・振姫が家康公の三女ということから広島東照宮が建立されました。

芸州浅野家と赤穂浅野家は、いわば親戚関係。

寺坂吉右衛門赤穂浪士の弔い行脚をするにあたって、芸州浅野家のサポートがあったのかも知れません。しかしそれがなぜ津軽につながるのかは謎。

ただ 一人 一尾、おキツネさん(三五郎、三狐呂)が真実を知るのみ。

*****

関西(大阪?)ではキツネのことを私の親父世代ぐらいまで「ケツネ」。

東京住まいになった直木三十五は、大阪に足しげく、当時では珍しい飛行機で通っていたそう(戦前は現在の大正区あたりに木津川飛行場)

うどん屋に入るたんび ケツネうどん! なんて注文してたかも知れまへん。

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