ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【松原道祖神社】平安京中心エリアの南辺に置かれた道祖神(サへノカミ)【十念ヶ辻】

はじめに

京都市内には #道祖神(#サヘノカミ)を祀るお社がいくつかありますが、四条烏丸から近くの #松原道祖神社 はそのひとつ。神社前の四つ角は、江戸時代まで打ち首にする囚人を市中引き回した道中、ここで今生最後の念仏を授けたことから #十念ヶ辻 といいます #五条大路

目次

本文

松原道祖神

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松原道祖神社(京都市下京区藪下町)

(34.998894141683586, 135.7566831018787)/京都市下京区藪下町四条烏丸交差点から徒歩10分、五条天神宮から徒歩2分、菅大臣神社から徒歩4分

御祭神:猿田彦命(サルタヒコノミコト)、天鈿女命(アマノウズメノミコト)

御由緒)当神社は、平安時代から鎮座していたとされ、『今昔物語集』巻第二十には「五条ノ道祖神(サへノカミ)」、『宇治拾遺物語』巻第一には「五条の斎(さい)」として記載される。神社のすぐ北を通る松原通は、平安時代の五条大路にあたり、清水寺への参詣道としてもにぎわった。そのため、道路や旅行の神として信仰を集めた。現在は、猿田彦命と天鈿女命を祀っており、道の神(旅の守護神)・塞の神(厄災を防ぐ神)・夫婦円満(家内安全)・縁結び(子孫繁栄)・商売繁盛などの神 として信仰を集めている。五月には春の大祭、十一月にはお火焚祭(おひたきまつり)を挙行している京都市

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松原道祖神社 御由緒

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松原道祖神

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松原道祖神

平安時代の五条大路と京都・通りの数え歌

京都市の案内板に、松原道祖神社の近くを東西に通る「松原通平安時代には五条大路だった」と書かれていますね。

先日紹介した五条天神宮はここから西に松原通を2分のところで、天神宮前の西洞院通(南北)は平安時代の頃には川が流れており、かかっていた橋が義経と弁慶が遭遇した 五条の橋 ということになります。

京都・通りの数え歌に、そのこん跡が見られます。

数え歌は、始まりの丸太町を含めて通りを3つ挟んで二条、3つ挟んで三条、さらに3つ挟んで四条と規則正しく並んでいますが、その次が五条ではなく松原通になっています。

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🎵まるたけえびすおしおいけ。あねさんろっかくたこにしき。あやぶったかまつまんごじょう

(丸太町・竹屋町・戎川・二条押小路・御池・姉小路三条・六角・蛸薬師・錦小路・四条・綾小路・仏光寺・高辻・松原・万寿寺五条

松原通万寿寺通は、秀吉の時代(中世)の京町割りの変更で通されたため(天使突抜、てんしつきぬけ)、四条から五条通まで5つの通りになっています。

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十念ヶ辻

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松原道祖神社付近の四つ角。十念ケ辻。左右が松原通平安時代の五条大路)

江戸時代まで、六角堂付近にあった六角獄舎から囚人を裸馬に乗せ「市中引きまわし」の上、刑場で処刑(斬首)しましたが、ここはその道中で、寺町浄國寺(下京区京極町)の住職が囚人らに十念(南無阿弥陀仏×10回)を授けることが慣例であったことから、松原道祖神社前の四つ角を 十念ヶ辻 と呼ぶようになりました。

平安京の南辺は南の東寺(九条)、さらにその南の十条とされていますが、実質的な都の中心は昔の上京・中京・下京で、ちょうどこのあたりが下京の南辺、つまり都中心に往来する「境」であったため、ここに道祖神が置かれたようです。

松原道祖神社が「境」であることは、松原通から北の京町は八坂神社の氏子、南の京町は伏見稲荷神社の氏子という話からもうかがえます。

京都市内・道祖神を祀る社のひとつ。出雲路幸乃神社(いずもじ・さいのかみのやしろ)】

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