ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【繁昌神社】京都市中心で時の地層を発掘【斑女塚/キリシタン灯篭】

はじめに

京都四条烏丸の交差点から徒歩7分。商売繁盛と良縁成就の #繁昌神社。近くの #斑女塚 と由縁。京都市中心に鎮座する謎めいた大岩は、イワクラか塞の石か天岩戸か。傍には #だいうす町 の名残 #キリシタン灯篭 #ザビエル

目次

本文

繁昌神社(京都市下京区繁昌町308)

繁昌神社(京都市下京区繁昌町308)(2021年11月上旬参拝)

(35.00038627721255, 135.75780010364116)/京都市下京区繁昌町308/四条烏丸交差点から徒歩七分/一帯に菅大臣神社松原道祖神社五条天神宮

御祭神:(宗像三女神)市杵嶋姫命、田心姫命湍津姫命

繁盛神社

四条烏丸交差点から南西に徒歩七分。高辻通の北側に鎮座する神社。繁昌の宮、京の弁財天、班女ノ社 とも云われます。

繁昌神社(斑女塚)案内板

案内板文字起こし(途中から))三女神は、海上交通の神で、商品流通の守護から「市の神」として信仰されている。江戸時代には、功徳院と号し、真言宗の僧によって管理されていたが、明治の神仏分離により神社だけが残った。当社はもと「斑女ノ社」とも「半女ノ社」とも称し、牛頭天王の妃・針才女*1を祀り、それが転訛して斑女になったと伝える。また「宇治拾遺物語」巻三の中に「長門前司の娘が亡くなった後、遺骸を運び出そうとしたが動かず、塚になった」と記す。この塚が、社の北西方向(仏光寺通に抜ける小路の中ほど)に現在も残っている「斑女塚」だと伝える。後世の書物に「斑女(はんにょ)と繁盛(はんじょう)は同音のため、男女参拝し子孫繁栄を祈願する」と書かれ、縁結びの神として詣でられるほか、市杵嶋姫命は仏教の「弁財天」と解されることから、商売繁盛・諸芸上達の利益があるという。

指さし右:葉神社、左:斑女塚(表示がないので注意)

斑女塚(はんにょづか)

繁昌神社から徒歩数分。高辻通を西に20メートルほどのところに北に向かう小路(道の先に御神木が見える)があり、上る。

伝承等から考えて、ここが繁昌神社の旧社地だったと考えられます。

斑女塚

赤みを帯びた、見ようによっては少し不気味な大岩にしめ縄が巻かれています。案内や資料等には書かれていませんが『イワクラ』にも見えます。

かつての社の御神体だったのか、あるいは、亡くなった娘の霊がこの世に戻らぬよう塞いだ石なのか。

あるいは、隣接して下京区岩戸山町で、つまり、祇園祭(前祭)「岩戸山」の町であり、御神体のアマテラスや天岩戸、あるいは関連して、繁昌社の案内にあったとおり、スサノオに由緒のある大岩なのかも知れません。

斑女塚のイワクラ

宇治拾遺巻三・現代語訳)むかしこのあたりに長門前司の娘二人が住んでいた。両親が早くに亡くなり、姉は嫁いだが妹(年のころ27-28)は、縁がなく姉の家に同居していた。やがて妹は病気で亡くなり、遺体を鳥辺野に運び埋葬しようとしたが、棺に入れたはずの遺体が消えていて探したところ家の戸口に打ち伏していた。あらためて棺に入れて送り出そうとすると、棺の蓋が少しあき、遺体はまた戸口に打ち伏している。もう一度棺に入れようとするが遺体はびくとも動かない。あきらめて戸口の板敷を壊して埋めようとしたら、遺体は軽々と動き、埋葬することができた。家人は亡骸のそばは気味が悪いと引っ越してしまった。月日が経ち、塚だけが残った。塚にまつわる奇怪なうわさが流れるようになり、塚の上には小社(繁昌神社の旧社?)が祀られるようになったという。

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京都市内には、織田信長公の時代に保護を受けて、都で活動した宣教師らのこん跡として、キリシタン遺跡がいくつか残されていますが、斑女塚の脇のキリシタン灯篭もそのひとつ。

斑女塚 キリシタン灯篭(下半分は土に埋まっている)

信長公の時代、宣教師らは、京の街に、布教の拠点・信者の共同生活場所として「だいうす町」を置いたようです(浄土真宗寺内町に近いイメージでしょうか)

後に、秀吉公の時代に徹底的に破却され、今は跡形もありませんし、比定も難しいですが、斑女塚に運び込まれ、隠すように埋められたキリシタン灯篭が、わずかにその名残を伝えています。

「だいうす」は、ラテン語の「神」を意味する「デウス(Deus)」が元。

ザビエルら宣教師たちは、自身が奉じるキリスト教のイエス唯一神、GOD)を、当時の日本人に説明するのに苦労したようで、多神教の「神」を意味するデウス(Deus)という言葉を、布教に使ったようです。

フランシスコ・ザビエル肖像(江戸時代)

宗教史的には、キリスト教ユダヤ教イスラム教と同根の一神教で、一方、日本には仏教と習合した密教として渡来したヒンドゥー教バラモン教ゾロアスター教と同根)は多神教

日本は縄文以来の八百万の神々と仏を信仰する国で、キリスト教の唯一絶対神が、なかなか受け入れられなかった背景から、いわゆる方便として、多神教密教)の神々・デウス【日本式では例えば「弁財天」の「天」】の概念を用いて布教したことが窺えます。

このあたりは、先日の記事も少し参考になります。

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*1:婆利采女とも。八子(八王子、八将神)を生む。八将神の信仰では 歳徳神にあたり、櫛稲田姫命のこととされる