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縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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古代上町半島 最大級の謎・大坂城(3)ドラゴンの頭の変遷★★★【古代史のモノサシ】

まとめ

古代上町半島 北端部は人が住み続けてきた所。ざっくり歴史を書きました。(縄文中期)#森ノ宮遺跡→(弥生時代イワクラ群→#生國魂神社→(奈良時代)#八十島祭祀 地→(中世)#石山本願寺→豊臣期 #大坂城→(近世)徳川期再築大坂城→現在に至る

目次

本文

古代上町半島・ドラゴンの頭の変遷

現在の大阪城天守閣のある内堀エリアは古代上町半島(現在の上町台地)の最標高点、海上に浮かぶドラゴンの頭部で縄文以来、崇められてきた聖地でした(弥生時代末~古墳時代前期までは標高地図の青色の部分は浅い海)

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現在の大阪市内・上町台地、標高地図

古代妄想レベル:★★★=MAX ★★=MEDIUM ★=MIN or A LITTLE

縄文・弥生 信仰の時代(縄文中期~弥生)

森の宮遺跡(縄文中期~)は現在の大阪城南東、森の宮あたり。

弥生時代に、縄文は出雲(都市国家)文化と融合し、これにともないイワクラ信仰へと形を変えてゆきますが「ドラゴンの頭」にも大規模なイワクラ群が形成されたと推理します(各地のイワクラ群の成立はこの時期と考えています)

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森の宮遺跡(長居公園自然史博物館)

生玉(クニウミ → 八十島)信仰の時代

紀元前後(弥生後期)以降、現在の外堀の南西に生國魂(いくたま)社が鎮座していましたが、それは海退(海岸線の後退)で新しく地上にあらわれ拡がるクニのほか、北側(大阪城・内堀エリア)のイワクラ群を拝んでいたものと推定されます。

十島(やそしま)祭は、奈良時代以降の新天皇即位で行われた国家祭祀で、天皇の着衣が納められた箱を海に向け開き「揺り動かし=フル*1」、クニウミの神力を天皇に与えるものと考えられていました。生國魂神社の生島巫(いくしまのかんなぎ)が執り行いました。1200年代・鎌倉時代まで続きました。

なお生國魂神社は、豊臣期の築城の際に、現在地(大阪市天王寺区)に遷座しました。

石山本願寺寺内町)の時代

古代の聖地だった「石山」に大坂御堂を置き、周辺に寺内町(じないまち)を拓いたのが、蓮如上人の本願寺衆(1496年、御堂造営開始)

石山本願寺の時代をざっくり整理しました。

● 蓮如(大坂御堂を創建。1496年)

● 実如(御堂を拡張整備。寺内町の始まり)

● 証如(要害堅固な城郭都市化。後の難波の街の原型が形づくられる)

● 顕如石山本願寺の絶頂期。石山合戦1570年開始~1580年に信長公との和議にともない退去)

● 顕如の後継予定者・教如(退去直後に堂舎・寺内町が炎上して灰燼に)

「石山」の名の由来

Wiki石山本願寺)に興味深い話が紹介されています。

蓮如の孫である顕誓が永禄11年(1568年)に書いた史料(反故裏書)によると、そのまま礎石に使える大きな石が土中に多数揃っていたという不思議な状況に因んで、石山と呼称したようになったのであろうとしている」

『礎石に使える石が土中にあった』(この史料がどの程度考証されたものかはわかりませんが)イワクラ群であったと推理されます。

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大坂古地図の比較(創作度を3段階で開物評価)左が北です

古地図は元になる図版を模写し、多くの場合、模写した人の想像(古代妄想)が加えられますので、参考に、創作度として評価しておきました。

各古地図より、現在の大阪城のお堀が『亀の池』を利用して開削されたことがわかります(内堀か外堀かはわかりません)

豊臣期天守の造営(1583年・天正11年)

石山本願寺の後、大坂を支配していた信長公が本能寺の変で亡くなり、後継者の秀吉公が真っ先に取り組んだのが大坂城

本願寺の遺構をどの程度利用したのかは不明ですが、実利的な秀吉公のこと、相当量の礎石・石垣を再利用したと考えられます。

ただし、秀吉期の天守閣は、現在すべて地中に埋もれており、その程度は不明です。

その点をテーマにした豊臣期天守の発掘作業を進めてもらいたいと思っています(この稿、あと1回続きます)

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赤ラインが石山本願寺時代以前の地盤、黄ラインが豊臣期天守の地盤と石垣、青ラインが徳川期天守の地盤と石垣

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*1:振るは布留、モノノベ祭祀に特徴的。石上神宮奈良県天理市