ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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【井戸尻考古館】躍動する在野の考古学精神の系譜

はじめに

八ヶ岳南麓 #井戸尻考古館。初見学で驚かされたのが縄文中期の文化に対するユニークな考察と説明。その根底には世代を超えて紡がれてきた在野の考古学精神があると思われます #藤森栄一 #武藤雄六 #森本六爾

目次

本文

井戸尻考古館の面白さ

先日、半人半蛙文 有孔鍔付土器(はんじんはんあもんゆうこうつばつきどき、藤内遺跡/縄文時代中期中葉(藤内Ⅰ式))を紹介したのは、

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土器に描かれた 図像 を、神話や民俗を駆使して、縄文時代(中期)の人々の心の景色を解読しようとする姿勢に惹かれたからです。

土器の解読も含めて、館内の説明にはさまざまな意見や評価もあることと思いますが、

館側はもちろんそれを承知の上で、とにかく知識を総動員して考え、仮説を導き出すスタイルは、他の考古学の博物館にはない躍動感です。

井戸尻考古館の位置と諏訪の地形(井戸尻考古館)

在野の考古学の系譜

考古館の展示物を構成する八ヶ岳南麓の井戸尻遺跡群は、井戸尻、曽利(そり)・藤内(とうない)、九兵衛尾根、居平(いだいら)、唐渡宮(とうどのみや)、向原(むこうっぱら)といった縄文中期中葉の遺跡で形成されています。

井戸尻考古館(前庭)と井戸尻遺跡

井戸尻考古館は、となりのトトロのお父さんのモデルとなった藤森栄一さん(1911-1973)と、井戸尻遺跡の発掘調査に従事し藤森氏の提唱した 縄文農耕論 をともに発展させようとした武藤雄六さん(1931-2022)を初代館長として、昭和49年(1974)にオープン。(武藤さんは今年お亡くなりになられました)

【在野に在り縄文農耕論を提唱した藤森栄一氏】

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お二人とも在野の考古学者で、井戸尻考古館の、一般の考古博物館では見られない発想が自在でユニークな説明は、権威や定説に囚われない精神から来ているんでしょうね。

ちなみに、藤森さんは、唐古・鍵遺跡の池底から発見した米粒痕のある土器から、稲作弥生時代を提唱した考古学の鬼…しかし不遇の生涯を閉じた在野の考古学者 森本六爾(もりもとろくじ、1903―1936、奈良県磯城郡出身)と交流し、六爾のお弟子さんでもありました。

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藤森さんの縄文農耕論は、森本六爾の影響を少なからず受けているでしょうし、ただし現在では一定の修正が必要とされています。

ただ、縄文時代八ヶ岳に食糧安定の定住生活が存在したからこそ、表現豊かな図像の土器が存在するわけで、

世界史的観点では 定住=農耕 が定説ですから、私個人は縄文農耕論はおおむね正しい(アリ)と考えています。

要はそれをドメスティケーション(野生の栽培化・家畜化*1)と言うのか、農耕(畜産)と言うのか、中間(グレー)ゾーンの定義と認識の違いにすぎませんから。

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現館長・小松隆史さん

たまたま、大阪のローカルテレビ局で井戸尻考古館を取り上げた(長野ローカルの)番組が放映されていて、その翌日にブラタモリの諏訪八ヶ岳の再放送回を見たのですが、どちらの番組にも現・井戸尻考古館長の小松隆史さんが出演されていました。

館長のコメントに、井戸尻考古館に今も躍動する精神の系譜を感じます。

ローカル番組に出演されていた井戸尻考古館長・小松隆史さん

当館では、地道に実験検証しながら、藤森さんや武藤さんが提唱した縄文農耕論を、さらに発展させるべく取り組んでいるそうです。

写真は井戸尻考古館の実験圃場で栽培しているアワ・キビ・ヒエなどの雑穀を、諏訪で採集できる 片岩(へんがん)製の石器で収穫するシーン。

案外、さっくりと切れるそうです。

片岩は諏訪の中央構造線沿いの河原で豊富に獲れるとブラタモリで放送してました。

中央構造線に沿った片岩露頭(ブラタモリより)

【参考リンク】縄文農耕論発祥の地・井戸尻

【記事中に小松隆史さんの縄文竪穴住居の考察リンク】

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*1:イノシシを何十世代か飼育するとブタ化する。逆にブタを野生で放置するとイノシシ化する