縄文時代(中期)、海抜が今より5メートルほど高かった大海進の時代、佐渡は大佐渡(北側)と、小佐渡(南側)の二つの島だった。
その後の海退の(海が浅くなった)時代、大佐渡・小佐渡の山から流れ下る川の土砂が堆積し、国仲平野(くになか)をつくり、ひとつの島になった。
この地理的な歴史は出雲(島根半島)と同じ(詳しくは以下の記事)
縄文時代の内海に海人の航路と舟泊まりがあり、弥生時代に内海→潟・水海→平野となり、そういう所では、縄文と出雲が早い時代(弥生初期~中期)に習合したと妄想している。
「加茂湖」や、佐渡に対面する新潟側の「出雲崎」といった地名は、そのような歴史のこん跡と考える。
佐渡・加茂湖
11月初旬、新潟港から佐渡汽船で両津港(加茂湖の海側)に着いたのは夕方の6時過ぎ。湖畔の宿の部屋から覗いたが、既に暗闇で、月明かりで湖面がかろうじて見える程度。
朝一番で加茂湖周辺の神社に参拝しようと考えていたが、どこに行くかはノープランだった。部屋から湖を眺めていて、正面やや右に岬が見える。あのあたりに神社があれば行こうとGoogleマップで確認。
樹崎神社というのが見えたので、朝食を済ませ、車で向かった。気ままな一人旅のよいところだ。
樹崎神社(きざきじんじゃ、村社、御祭神は市杵嶋姫命)
カーナビでは案内板の郷土博物館までの道路表示しかなく、しかしGoogleマップでは神社までの道がありそうなので、そこから聞いて歩けばいいやと博物館に行ったら無人の廃墟。汗
ナビにはない道が神社の方に延びているので、とりあえず行けるところまでと、車がやっと一台通れる林の中、草ぼうぼうの小道を、わだちに沿って、低速で進むこと約10分。
湖畔の開けた所に樹崎神社があった。駐車スペース跡?まであった。加茂湖のハイキングコースの中間点にもなっているようだ。
予想通り、こういった水域に面した場所は、古来より「クニビキ・クニウミ」の聖域とされ、ほぼ「市杵嶋姫命、いちきしまひめのみこと、弁天さま」が居られる。
合祀は倉稲魂尊(うかのみたまのみこと、みことは命とも)で、タゴリヒメかタキツヒメ、場合によってはお二人合わせてとも考えられるので、基本、宗像三女神(出雲系)だ。
(ちなみに宇迦御魂命も「うかのみたまのみこと」で、こちらは多くの場合、お稲荷さんで、おたき様(タキツヒメ)が眷属神の狐とともに祀られている)
いわゆる「厳島式」というべき様式で、由緒書を見ると1394年の創建、神社としては割と新しい。
古代出雲のイワクラがあったところに、後に市杵嶋姫命の社を勘請(かんじょう、お招き)したのだろうと考えた。
人は見当たらなかったが、思いの外、よく管理されていて、今でも厚く信仰されている神社だと思った。
顔つきと前足の感じがカワイイ狛犬。
わだちの間、道の真ん中に生えていたキノコ。最初、鹿か猪のフン(しかも出来立て)と思ってよく見たら違った。ぬめりがあるのでナメコかもと考えたが、ナメコは朽ち木に生えるはず。何というキノコだろう。