ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

古事記と太安万侶。【磐舟山の碑】から日本神話の謎解き(1)

日本の正史の一 #古事記 の作者 #太安万侶 は出雲王家を祖とする人で晩年、島根県松江市の #意宇(おう)に居を構え地元の古老に『古事記の例え話(日本神話)は解釈が重要と語っていた』と出雲口伝は伝えます。#アジスキタカヒコネ #産湯稲荷神社 #玉之井

目次

本文

古事記と太安万侶(生年不詳〜723奈良時代)

太安万侶(wikiより)

私の座右の書『出雲と大和のあけぼの(斎木雲州氏)』は、出雲王家(東王家)口伝を伝えますが、その92ページに。

天才・稗田阿礼(ひえだのあれ)を部下に執筆した古事記の作者・太安万侶(おおのやすまろ)は出雲王家を祖とする人で、

晩年は故郷の出雲・意宇(おう、現在の松江市竹矢町)に居を構え『(自分が書いた)古事記は例え話の解釈が重要である』と地元の古老に話した」と伝えています。

例え話とは日本神話のこと。

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記紀が成立した飛鳥〜奈良時代は、ヤマト王権の複雑な成立経緯とともに、とりわけ大陸や半島の情勢の中、国のカタチを整える一方、対外的に知られたくない事情を隠すため、史実を神話化し、国史として記録する必要がありました。

太安万侶はそのことをよくわかった人物で、古事記の日本神話を創作しました。

かと言って、史実とまったくかけ離れた話を書くわけには行かず、登場する神や関係性の多くは実在した人物や史実を暗示するスタイルで記述しました。

これが冒頭の安麻呂の告白に繋がります。

安麻呂が話した相手の古老とは、おそらく冨家(東王家)の関係者でしょう。

産湯稲荷・玉之井社の御祭神の考察(1)

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ここから前回の続き。

産湯稲荷(大阪市天王寺区小橋町)の玉之井の祠の御祭神は六柱。

ヤヤコシイので写真に説明書きをいれました。

産湯稲荷・玉之井の御祭神六柱

オオクニヌシ(本名は八千矛、やちほこ)は出雲第八代の王で西王家出身。

オオクニヌシは北九州の宗像(むなかた)家のタギツヒメ(タキツヒメ)を后に迎えます。

タギツヒメは宗像大社・中津宮の御祭神でありますが、水神(龍神さん)としては、滝などがある中流域の神格として「おたき様」「弥都波能売神、罔象女神、みずはのめのかみ)として知られています。

オオクニヌシとタキツヒメの息子がアジスキタカヒコネ。

大和葛城(高鴨神社、奈良県御所市)に移住したと出雲口伝は伝えています。

(先行してコトシロヌシと三島(東奈良遺跡、大阪府茨木市)の玉櫛姫の息子・アメヒカタクシヒカタも葛城に移住しています。鴨都波神社、下鴨社)

ちなみに、オオクニヌシの副王だったのが東王家のコトシロヌシ(八重波津身、やえなみつみ)で、スクナヒコナ、エビス様としてよく知られています。

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下照姫はオオクニヌシと八上姫(鳥取県曳田)の娘で、出雲口伝は別名・木股姫としています。

姫は木股神(このまたのかみ)として御井神社(島根県出雲市)に祀られています。

mii-jinja.jp

御井神社の由緒は、八上姫は正室のタキツヒメ*1に遠慮して木の股に娘を置いて(曳田に)帰り、娘はその後、オオクニヌシのもとで育てられたと伝えています。

従って、アジスキタカヒコネと下照姫は義兄妹の関係となります。

安産と育児がご利益である御井神社には、生井(いくい、安産の水神)、福井(さくい、安産児幸福の水神*2)、綱長井(つながい、産児寿命の水神)の三つの井戸があります。

この信仰のスタイルは、安産と産育を神徳とする産湯稲荷の玉之井と大変よく似ています。

産湯稲荷神社が鎮座するあたりは、古くから味原(あじはら)と呼ばれ、「あじ」はアジスキタカヒコネに由来するものと考えられます。

太安万侶の『例え話の解釈が重要』という話を起点に考察していますが、話が長くなりますので、今回はここまで。

次回はアジスキタカヒコネが登場する古事記神話の考察・二回目。

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*1:御井神社由緒にはスセリヒメとされていますが、出雲口伝系図にはスセリヒメの記載はなし。

*2:福井県の地名の由来、https://www.zero-position.com/entry/2021/04/09/120000