はじめに
古代河内湖の低湿地帯だった門真市の(山王)#三島神社。創建は平安時代末期か。境内の大楠(おおくすのき) #薫蓋クス(くんがいクス)は天然記念物。高さ約24m、根元の幹周り13m、樹齢一千年の巨樹。#山王・日吉大社の由緒
目次
- (山王)三島神社(大阪府門真市三ツ島1丁目)
- 天然記念物の大楠、薫蓋樟(くんがいクス)
- (山王)三島神社 境内
- (山王)三島神社 御由緒
- アラハバキ解 第42章公開 ヒスイのものづくり史(6)浮かび上がる河内期・物部氏
本文
由緒と御祭神は記事末に。
天然記念物の大楠、薫蓋樟(くんがいクス)
境内の大楠(おおくすのき)。薫蓋樟(くんがいしょう)、薫蓋クス(くんがいクス)と称されます。
高さ約24メートル、根元の幹周り13.1メートル、樹齢一千年 の巨樹で、本殿に覆いかぶさるよう枝葉が繁っています。国指定の天然記念物。
スマホでは一枚に納まりません。笑
(山王)三島神社 境内
左少将有文(千種有文、1815~1869)の和歌が刻まれた薫蓋樟の石碑。大楠の名前は、この碑に由来します。
村雨の あまやどりせし唐土(もろこし)の 松におとらぬ 樟ぞ此のくす
幕末から維新にかけて岩倉具視(いわくらともみ)とともに行動し活躍した、和歌に優れた人でしたが、明治二年に早世し岩倉ほどに有名にはならなかったそうです。
(山王)三島神社 御由緒
御由緒の中、天台宗と山王権現についての解説がわかりやすく(太字)、たいへん参考になります。
御由緒(要約)古来山王権現と称したが、明治三年四月に現社名に改めた。近江国の山王総本宮日吉大社より御分霊を勧請し、氏神として奉祀した。創建は不詳だが、隣接する鶴見神社(大阪市鶴見区)の史料には「御白河院*1の御字・近江国辻村の農民十七人が多数の人夫を連れてこの地に下向・開村の時、日吉大社より分霊を勧請したのに始まる」と記されている。・・・山王権現は伝教大師(最澄)が中国天台山の山王祠に模して、比叡山延暦寺の守護神として建立。祭神は三王三社といい、これに八王子客人(まろうど)、十禅師等を加えて上七社、下七社、総称して山王二十一社といわれる複雑な神であるが、これを要約して素戔嗚尊(スサノオ)と大己貴尊(おおなむち、すなわち大国主命)としたのである・・・明治五年、郷社に列し、四十一年八月に稗島(ひえじま)の村社・堤根神社(祭神;天照皇大神)を合祀・・・現在の祭神は、天照皇大神(本社)、大己貴命・素戔嗚尊(主祭神)の三神となった
古墳時代中期 #鉄器の需要が急増。原料鉄の輸入対価として #硬玉ヒスイ が集められ韓半島マーケットに輸出。#物部氏 はサプライチェーンを支配