ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

【難波宮 初日の出🌄】 八角殿は二至二分の太陽方位を測る古代のカレンダー

はじめに

大阪 #難波宮 八角殿跡から #初日の出 を拝んでいて、八角殿は二至二分(春分夏至秋分冬至)の太陽方位を測る #古代のカレンダー であることに気がつきました

目次

本文

🎍 謹賀新年

いつもご訪問いただきありがとうございます\(^o^)/

本年もよろしくお願いいたします🙇

難波宮の初日の出 🌄

2023年の初日の出は、大阪 難波宮難波宮跡公園、大阪市中央区法円坂1丁目6)

ビルの谷間から初日の出を拝むことができます。

難波宮 初日の出

大極殿跡の壇上は人がたくさんですので、後ろの西の八角殿(はっかくでん)跡から拝みます。(東にも八角殿があったことは確認されています。復元されているのは西の方だけ)

難波宮 初日の出

難波宮 西の八角殿跡

低い角度の初日の出の光が、八角殿跡に射し込みます。

低い角度から初日の出の光が八角殿跡に射し込む

ワンコもチンとお座りして🐶、日の出を拝んでいますね😀

難波宮 初日の出

初日の出で気づいた八角殿のヒ・ミ・ツ

難波宮・前期は仁徳期(第16代、古墳時代中期、難波高津宮)、後期は孝徳期(第36代、飛鳥時代)。

後期難波宮飛鳥時代は、仏教が伝来し、古来の神道哲学が揺らぐとともに、進取の渡来仏教を受け入れるまでの間、ヤマト王権の中でも、数えきれないほどの事件、紆余曲折がありました。

後期難波宮には、太極殿を挟んで東西に八角殿が置かれました(西の八角殿は写真のように鉄筋で再現)

聖徳太子が提唱した八角の転法輪(和合)の精神で、八方広く、遍く(あまねく)国を統治する大王の意思表示だったのかも

www.zero-position.com

以前の記事で、八角殿が置かれた理由を考察しましたが、初日の出を拝んでいて、新たに面白いことに気がつきました。

初日の出の登る位置が、八角殿の東南の柱に重なります。

難波宮 八角殿跡の中から初日の出

したがって後ろを振り返ると、私の影が、北西の柱にかぶさります。

初日の出の光の影が八角殿の北西の橋良被さる

描くとこんな感じ。

難波宮八角殿には、二至二分(春分夏至秋分冬至)の太陽方位を測る、古代のカレンダーの役目があったようです。

古代のカレンダー

藤原京(醍醐池)、四天王寺(亀の池)に続き、難波宮八角殿)で3か所目の気付きとなりました。

私たちのご先祖様の「時を知り、時を測る」工夫と知恵は素晴らしいですね。

難波宮 八角殿は太陽方位を測る古代のカレンダー

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