はじめに
お山巡り四回目。山頂の一ノ峰(上社神蹟)から谷あいを下ってゆくと #御劔社 #釼石 の #長者社神蹟。御祭神は #賀茂玉依姫。賀茂社信仰とともに、名刀・小狐丸の作刀伝承が残されています。お社に奉仕していた方に聞くと、ここには、ものづくりに関する稲荷信仰が集まっているそうです
目次
本文
山頂の一の峰の青い空の景色から一転、稲荷山の谷あいを下ってゆきます。
御劔社(長者社)と釼石(長者社神蹟)
長者社のお塚周辺は、まだやや暗く、灯篭の灯が参道を明るくしています。
御劔社(長者社)は鴨社ともいい、御祭神は賀茂玉依姫(かもたまよりひめ)です。(下鴨神社(賀茂御祖神社)の御祭神の一柱でもあります)
釼石(つるぎいし)。古くは雷石といわれ、雷をこの石に縛ったとも伝えられます。
雷を『稲妻、いなずま』と言うように、古来、稲の穂がたわわに実るには、雷様の力が必要と考えられていました。
実は、雷は空気中の窒素酸化物を合成して土壌を肥沃にする作用があり、理にかなった考え方なんですよね。
農学校の先生だった宮沢賢治は学生にしめ縄を持参して授業したそうですから(雲=藁縄、雨=〆め子、御幣・紙垂=稲妻)
御祭神の玉依姫に釼石を合わせて、賀茂社(下・上)の信仰が一体になった印象です。賀茂(鴨)は出雲系を意味します。
一月五日・伏見稲荷大社の大山祭で、取り換えられたばかりの真新しい注連縄(参拝日は一月九日)
名刀・小狐丸の伝承
一条天皇の代(在位986年~1011年)に、三条小鍛冶宗近(さんじょうこかじむねちか)が稲荷山中に籠り、稲荷明神の霊験をこうむり、稲荷山の埴土(はにつち)で名刀・小狐丸(こぎつねまる)を鍛え、焼刃の水(やいばのみず)を使ったという伝承があり、謡曲「小鍛冶」として演じられています。
伏見稲荷大社には、毎年十一月八日に秋の収穫後の五穀豊穣を感謝する御火焚祭(おひたきまつり)が行なわれますが、鞴祭(ふいごまつり)ともいわれるのはこの宗近の故事に倣ったものだそうです。伏見稲荷大社の年中行事の中では最も古く、重要な祭儀とされています。
この故事にならって、明治元年に伯耆の国の名工・宮本包則(かねのり)が稲荷山中に参籠(さんろう)し、作刀した記念に刻んだ碑も立っていました。
面白いのは、奈良県大和郡山市の源九郎稲荷神社、稲荷山の北側・京都市山科区の花山稲荷神社に、それぞれ同じような小狐丸伝説が残されていることです。
花山稲荷神社では、伏見稲荷大社と同じ毎年十一月八日にお火焚祭が行われるのですが、同じくふいご祭といわれています。
アラハバキ解・汎日本古代信仰の謎に迫る(連載中)