ものづくりとことだまの国

縄文・弥生・古墳時代の謎。古神社、遺跡、古地名を辿り忘れられた記憶、隠された暗号を発掘する。脱線も多くご容赦ください

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住𠮷さんあたり(4)楠珺社 再訪 「お狐さん」と「おたき道」★★宗像三女神を探して(1)

楠珺社(なんくんしゃ) 招福猫を授かるお社

御祭神「宇迦魂命」は女神さま。

宇迦魂命は伏見稲荷大社主祭神

珺は美しい玉のこと。

前回記事はこちら

右手招きは商売発達、左手招きは家内安全。お狐さんにも見える招き猫。

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楠珺社・招き猫

こちら側は猫、あちら側に・・・

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楠珺社北側。楠の向こうが拝殿

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招き猫の拝殿から奥の社

拝殿から出て奥のお社を横(西)から撮影。御神木のそばに造り付けている。

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奥のお社を横(西)から

御神木の向こう側に鳥居。両側を固めているのは、お狐さんだ。

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鳥居とお狐さん

御神木のそばにもう一組。左は巻物、右は玉を咥えている。

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もう一組のお狐さん

以下、妄想入ります レベル★★

私は住𠮷さんに宗像の三女神がおられると考えている。

なぜなら、住𠮷さんよりも創建がおそらく四百年近く早い宗像大社イワクラ)では古代航路の要衝、海と航路の安全を祈ってきたからだ。

宗像大社には辺津(高宮)にイチキシマヒメ、中津(大島)にタキツヒメ、沖津(奥津、沖ノ島)にタゴリヒメがおられ、結ばれている。

世界遺産・宗像三宮の位置関係。右は住𠮷さん境内地図。上が北。住吉さんの北方には古代上町半島が延びていた。

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宗像三宮と住吉さん

住𠮷さんには男神三神(表筒男命中筒男命底筒男命)が太鼓橋を起点に「東西」に並んで鎮座(第三・第二・第一本宮)。古代の墨の江(すみのえ)に向かった配置だ。

しかし、ここは古代上町半島の付け根。周辺には龍神信仰が数多く残っていて、

古来、住吉あたりは龍の「尾」、「頭」は大阪城(現在)あたりとされていた

上町半島の成長の様子。夕陽丘は私が住んでいるあたり。住吉さんは夕陽丘と新大和川の南北中間。

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上町半島の成長の様子

したがって住𠮷大社が創建される以前の信仰の方向は「南北」と考えている。(時代は違うが四天王寺伽藍は南北。境内に龍神信仰の名残がある)

そこで私は「石舞台」に目を付けた。能舞台跡とされているが「神島にわたる天の浮き橋」が古代の姿と考えた。真北に第一本宮があるのが根拠。

つまり、もともと石舞台の南一帯が辺津、イチキシマヒメが居られた所(今の浅沢社)ではないかと思う。水辺の御田も近くにある。

そして北のライン上に種貸社(たねかししゃ)の倉稲魂命(うがのみたまのみこと)。やはり女神様だ。

となれば、今の第一本宮のある場所は、もともと「中津」であった可能性がある。

そうであれば、第一本宮または楠珺社の近くに「タキツヒメ」のこん跡があるかも知れないと考えた。

で、調べていて見つけたのが、

おたき道

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ノボリの陰に隠れていた

(テーマ直下カテゴリー「宗像三女神」クリック、または検索窓「宗像三女神」で検索)

古代妄想レベル:★★★=MAX ★★=MEDIUM ★=MIN or A LITTLE

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